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第33話

「一一う、優、優!」 ハッとして顔を上げると目の前に晴さんが少し後ろに立っていて、心配そうにこちらを見ていた。 「あ、なんでもないよ、箸どれ使えばいいかなぁって思って」 頬を掻きつつへらりと笑ってみせれば、そうだったのか、と安心したように笑みを浮かべる。 「これからはこれ使ってくれていいから」 そういって手を伸ばしたのは夫婦箸の隣にあった深緑色のシンプルなもので、晴さんは夫婦箸の青色の方をとって行ってしまった。 俺もついていって晴さんの向かい側に座る。美味しそう、といって微笑むと、味も気に入ってくれたら嬉しい、と微笑み返された。お互いにいただきます、と言い、笑いあって、口に運んでいく。 幸せだな、と感じるのとともに胸の中にもやもやと黒いものが広がっていく。けれど、どこかで納得してしまっている自分がいた。 一一イケメンで、代表取締役で、家事も1人でこなせて、そんな人を他の人が放っている訳が無い。 思わず自嘲的な笑いが零れる。 よく考えれてみれば、プレートだって2つあるし、マグカップだって2つ。ヒントは、いや、答えはそこら中に散らばっていたんだ。 なんで、どうして、と心の中で叫んでいる俺を、俺自身はどこか俯瞰していた。 一一やっぱり恋愛なんてするんじゃなかった。 一一もう、いい。夢を見ていたことにしよう。

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