同期として入社した母は父に、猛烈なアプローチをしており、1度でいいから抱いてくれ、と常日頃から言い続けていたらしい。 いい加減鬱になりそうだ、と思った父が仕方がないからと1夜だけ抱いてやった。 その後、すぐに会社をやめた母に、不審に思っていたものの、避妊はきちんとしたし大丈夫だろう、と思っていたのが運の尽きだった。 母はおろすことが出来ないくらいお腹が大きくなってから再び父の前に現れた。 一目見て全てを察した父は、子に罪はないと母を屋敷に受け入れ、産んだ瞬間に離れようとしていたらしい。 けれど、母はそうならないよう父の周囲の人間をたらしこんで家に居座り続けた。 にこにこと笑顔で半分が記入された婚姻届を差し出してきた母に、父は怒っていたが、逆にこれを逆手に取ろうと考えた。 まずはきちんと結婚したと思い込ませるため、役所に2人で婚姻届を提出しに行く。 その裏では秘書が動いており、役所の人に頼み込んで受理しないまま返還してもらっていた。 神田を名乗り始めた母は、父に離婚されるのを恐れ、とても大人しく従うようになった。 母が欲しいのは父ではなく、社長夫人という肩書きと金であったからだ。 俺が生まれ、DNA検査をした結果、本当に父の子であった。なので父は俺を次期社長とする為に厳しくしつけた。 言われてみれば確かに、俺が嫌いなら話しかけたりしなければいいのにも関わらず、父は毎日勉強したことや成果を毎日俺自身に報告させていた。 俺が母に依存しかけたことをきっかけに、俺に留学の話をちらつかせる。まんまとそれに乗った俺は5年間アメリカへ留学した。 その間、俺という保護対象がいなくなった母は金の使い方が激しくなり、いよいよ目を潰れなくなり始めたが、これといって確証を掴むことが出来ず、どうしようかと考えていた時だ。 そこで現れたのが璃々子だった。 俺と並ぶ璃々子を見た瞬間、1度だけ目の色が変わった母のことを父は見逃さなかったらしい。 そして、あの日俺と会話したことで母は頭に血が上っていたらしく、家を飛び出して行った。 普段はとても用心深くあの手この手で追跡を躱していたのにも関わらず、その日だけは真っ直ぐ一直線にその手の何でも屋に入っていった。 そして母自ら呼び出した璃々子を捕まえ、暫く眠らせたあと、人通りの少ない明け方に璃々子を事故に合わせた、ということだった。 その証拠ももちろんもっている、と机の上に置いた資料は、母が直筆で書いた依頼書だった。 ｢まさか結婚してもいなかったなんて｣ そう呟いた母は狂ったように笑いだす。見るに絶えないほど醜い笑顔だった。 こんな奴のせいで璃々子は、と思った俺は思わず立ち上がって頬を叩いた。 衝撃で畳に突っ伏した母は、ゆらりと頬を抑えながら起き上がる。 ｢晴だって悪いよね？｣ ｢毎日一緒にいて気づいたのが先週でしょう？それで愛し合ってる？俺たちは大丈夫？ふふ、面白い冗談ね。｣ そう言われて固まる。図星だった。何も言えなかった。思い出すのは璃々子のズタズタな手首とやせ細った体、たくさんの管で繋がれピクリとも動かない姿だった。 俯き、唇を噛み締める。悔しい。悔しい。 ｢確かに晴も悪いだろう。だが、お前がしたことは殺人未遂だ。そして俺たちの間にはなんの関係もない。今すぐ出ていってもらおうか。｣ そう父が言い、バッと顔を上げる。襖を開けて入ってきたのはスーツ姿の男性だった。 その男性はポケットから手錠を取りだし、母の両手に括りつける。 ｢午後2時13分、殺人未遂で逮捕する。｣ もう、母は何も言わなかった。