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俺は眠り続ける璃々子の手を左手で握り、右手で頬を撫でながら先週の日曜日の報告をしていた。
「親父は、ただの嫌な奴なんかじゃなかったみたいだ。初めての子で、不慣れだったと謝られたよ。あの厳格な父が謝るなんて、天変地異かと思った。璃々子にも見せたかったよ」
璃々子の父母にもこのことは全て報告した。お義父さんにはこっぴどく怒られてしまったし、お義母さんにもしぼられたけれど、起きてしまったことはもう仕方が無いから、これからの身の振り方を考えて、2人で頑張りなさいと言われた。
「もうすぐ秋だな。日本の田を見てみたいと言ってたよな。目が覚めたら一緒に行こうか。…だから、お願いだ。目を覚ましてくれ。」
そう祈るように呟いて璃々子の手をぎゅっと握る。
そのときだった。
ぴく、と指先が動いたのを感じた。ゆっくりと手のひらが俺の手に沿うように握られ、瞼が震えている。
(は る)
声になって聞こえることはなかったが、唇がそう動いたのがやけに鮮明に見えた。
ゆっくりと海のように深い青色が瞼から覗く。
俺は慌ててナースコールを押しながら、涙を零した。
「璃々子、ありがとう」
***
それから、璃々子は奇跡的な回復力を発揮し、1週間経つ頃にはICUから普通病棟に移ることが出来た。
幸いなことに、後遺症もほとんどなく、傷跡や手術跡は残ってしまうものの、元気だった。
そして、退院日当日。きつい物言いをしてしまったから、と今までのらりくらりと躱して全く病室に訪れることのなかった父が、手伝うといって現れた。
「あのときは、その、すまなかったな」
璃々子は目をぱちぱちと瞬かせて遂にはふふと笑いだした。
「ご心配とご迷惑をお掛けしてすみません。私は全然気にしてませんので、お気になさらず」
「そうか」
その言葉に父はほっとしたようだった。
「これからも、晴を一一」
そう言いかけた父をさえぎって、璃々子が話し出す。
「晴、お義父さん、お話があります。」
「離婚させてください」
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