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驚きすぎて声が出ない。俺も今初めて聞いたから当たり前だ。父は俺を凝視していた。
なんで、と問いかけようとして、やめた。
璃々子の目には、俺が璃々子を好きになった頃の、最近は見ることのなかった、強く芯の通った真っ直ぐでキラキラした光が宿っていたからだ。
実は、今回の事故で検査したことによって分かったことだが、璃々子の身体は癌に蝕まれていた。
「私は、癌と知って、最初にアメリカに戻って家族と、一緒に居たいと思った。晴には申し訳ないと思っているし迷惑をたくさんかけたこともわかってます。けれど、一番最初に晴のことを思い浮かばなかったことが答えだと思った。だから私は、離婚させて欲しい。」
「向こうの、お義父さんたちはなんていってるんだ?」
「もちろん困惑していたけれど、私が決めたことならと受け入れてくれた。」
「…分かった。君は1度決めたことを曲げないと知ってる。」
そう言って少し笑みを浮かべると、璃々子はあの大輪の花が咲いたような綺麗な笑顔で笑った。
***
「それじゃあ、元気でね」
「ああ、璃々子も元気で」
「病気なんだから、元気は難しいわ。だから私なりに、楽しく過ごすことにする」
俺は少し肩を竦めておどけてみせる。
すると璃々子が急に両手を広げた。
不思議に思って首を傾げると、璃々子はにっこりと笑って「C'mon!」と叫ぶ。
普通はそれ、俺がやるんじゃないか、とか、男前すぎるだろ、とか、いってやりたいことはやまほどあったけれど、何も言わずに抱きしめた。
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