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金曜日
あのあと、晴さんと交代で髪の毛を乾かし合い、タクシーで送ってくれた。
正直俺は晴さんとするつもりだったから、拍子抜けしたけれど、風呂から出たときに耳元で囁かれた。
「今週末も泊まりに来る?」
「う、うん、晴さんがいいなら…」
「じゃあ、そのときにたくさん愛してあげるから、楽しみにしててね」
普段の俺なら「キザすぎてちょっと…」とか引いちゃうんだろうけれど、晴さんがやるときゅんきゅんが凄かった。
自分の狭い部屋のベッドに寝転がってじたばたと悶絶する。
金曜日に、会社に迎えに行くっていってくれた。
きっと最高な一日になるだろうな。
いろんな思いを馳せながらその夜は眠りについた。
***
あれから3日すぎた。今日が約束の金曜日だ。
いつもよりちょっと気合いを入れて鏡に向かう。ちゃんと手入れしてるから肌はもちもちでニキビ?なにそれ?ぐらいに綺麗だと自負しているため、普段はなんとなく気になるところにコンシーラーをぺぺって付けて終わりだったけれど、今日はちょっと甘めの香水をつけてみた。
家をでる時はちょっときついかな?って思うけれど、会社に着く頃にはふんわり香る程度になってくれるので、かなり気に入っているものだった。
昼休み。今日は侑は外に営業に出ていて、俺は午前中で回り終わったため会社内で事務作業をしなければならなかったのでぼっち飯だった。けれど他にもぽつぽつと一人で食べる人が多かったので、特に視線が気になったりすることは無かった。
トイレの鏡の前でちょっと髪を整えながらほう、と息をつく。定時まであと5時間ちょっとかあ。長いなあ。でも楽しみ、と考えながら社員食堂から営業部のあるフロアへと上がるためにエレベーターの前に向かったときだった。
「一一あ」
元彼がいた。
目が思いっきり合ってしまった為、無視するのもしのびないな、と思いにこりと笑みを浮かべる。
「久しぶりだね」
「……そうだな」
いつもは他にも何人かいるのに、今日に限ってエレベーター待ちをしているのは2人だけ。気まずいなー、と頬をかきながら少し間を開けて隣にたった時だった。
がし、と手首を掴まれた。
「えっ!?な、なに?」
「一一香水。つけてんの?」
1発で言い当てられてどきりとする。確かに、付き合っていた頃からよくつけていたものだったから、気づかれてもおかしくはない。俺が気合いをいれるときにだけつけるということも知られていた。
「…うん、つけてるよ」
「彼氏出来たってこと?」
手にぎりっと力を込められる。
「痛い、離してっ」
思わず顔を顰めるも、傷ついたような顔をするだけで離してくれない。少し力を緩めただけだった。俺にはそんな表情の理由が全然わからなくて混乱する。怖くなって手を振り回していると、腕を引っ張られて顔を近づけられた。
「なあ、優、俺は一一一」
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