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気持ち
「なぁ、優、俺は一一一」
「一一そこでなにしてるんだ?」
突然聞こえた声に驚いて、そちらをみると、侑がいた。侑は、訝しげに眉をひそめて掴まれている俺の手をじっと見つめる。
さすがに気まずかったのか、あれだけ離れなかった手は簡単に外れた。
「侑」
「おー、今日暑いな。外回りきつかった」
そういってシャツをパタパタと動かしながらエレベーターに乗り込み俺と元彼の間に立つ。
あいつが言おうとしてたことも少し気になったけれど、いま、こうして隣に侑がいることへの安心感の方が大きくて。
「ありがとう」
「ん」
俺たちの1つ下の階についた。なんとも言えない顔をしながら降りていくあいつ。
その背中に、声をかけた。
「俺、恋人出来たんだ。お前には感謝してるよ。一一お幸せに。」
俺があの日バーに飲みに行った理由。その大部分はこいつが占めていたわけで。あの日、バーに行かなければ晴さんと出会うこともなかった。
だからこそ、2人には、仲良くしてほしい。幸せになってほしい。少なからず、好きだったんだから、不幸になって欲しいわけが無い。
そんな心の底からの気持ちを伝えられた気がした。
目を見張ったあいつがこちらに手を伸ばす。
けれど、その手が届く前にエレベーターのドアが閉まった。
「優って、いい性格してるよな」
「?ありがと」
「褒めてねぇけど」
ふは、と侑が吹き出す。よくわかんなかったけれど、ぐしゃぐしゃと頭を撫でられて悪い気はしなかった。
***
カチカチと少しずつしか動かない秒針が恨めしい。時計の針進むのいつもより遅くないか?
そんなくだらないことを考えながらパソコンと向き合うけれど、もちろん手が進む訳ではなく。見かねた侑に5回ぐらい頭を叩かれている。
ファイルの固い角でごんごんやられるから地味に痛くて涙目になってしまう。でも睨むくらいしかやれることはない。手が進んでないのは事実だったからだ。
よし、と気合を入れてまたパソコンと向き合う。
けれど、結局20分もしないうちにまた時計を見つめて頭を叩かれるのであった。
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