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お迎え
俺の会社は終業を知らせるチャイムがなる。最初の頃は学校みたいだとビックリしていたけれど、今年で3年目だしもう慣れた。
チャイムの前の、放送のスイッチが入るプツッていう音ですぐにパソコンを閉じて立ち上がる。
タイムカードを押して、「お先に失礼します!」っていつも以上に気合いの入った声で言った俺は、あちらこちらから聞こえる「お疲れ様ー」という声を背に急いでエレベーターホールへと向かった。
待ってる時間すらもどかしくて、いつもはあまりしないけれど、今日は全てのエレベーターのボタンを押してしまった。
そわそわ、うろうろとしていると、携帯がピコンと通知を知らせる音を発する。急いで確認すると、「着いてるよ。焦らずにゆっくりおいで」と書いてあった。
俺の今の状況を見てるのか??って聞きたくなるほど的確なメッセージに、ちょっと冷静になる。ふう、と息を吐くとちょうどエレベーターが到着したので、乗り込んだ。
ちなみに、「晴さん仕事は?」って思う人もいるかもしれないけれど、今日は役員会議のあとに下請会社の見回りをしていたらしく、直帰だったらしい。
今までにないくらいのスピードで自動ドアを通り抜け裏側へと向かった俺は、多分ぱぁぁ、と音がなるくらいの笑みを浮かべたと思う。
「晴さんっ!」
「おかえり、優。なんかいつもと違う匂いだね」
わざわざ降りて待っていてくれていた晴さんに感極まってぎゅうっと抱きつく。
表だったらこんなこと出来ないけれど、多分それも分かってて裏側を指定してくれたんだとしたら、最高すぎる。
俺のつむじ辺りに頭を乗せた晴さんは、俺を抱きしめ返しながらそういった。
「うん、晴さんに会えると思ったら嬉しくて、ちょっと気合い入れちゃった」
えへへ、と上目遣いでちょっとあざとくいってみる。すると額に手を当てて晴さんが上空を見上げた。
「え?なに?どうしたの?」
やりすぎて引かれちゃったかな、とちょっと後悔しながら晴さんの顔を見ようとぴょんぴょん跳ねる。
そんな俺をちらりと見て、またぎゅううっと抱きしめられた。頬や耳元に口付けされて鼻にかかったような声を漏らす。
「優可愛すぎ。俺あざといの好きじゃないのに、きゅんとしちゃった」
ちょっと照れたように頬をかきながら笑う晴さんも可愛くて、笑みが零れ落ちた。
「そろそろいこうか」
わざわざ助手席の扉を開けて乗せてくれる。紳士で優しくてかっこよくて可愛い、こんな人が俺の彼氏だなんて、嬉しすぎてみんなに教えてしまいたい。
そんな気持ちを隠しつつ、「お願いします」と言いながら乗り込む。これは、他人の車に乗るときの俺の癖だった。小中高、計9年間バスケットボールをやっていた俺は、よく他の同級生の車に乗せてもらって会場に向かったりしていた。俺の母親は礼儀に厳しかったからそういうことが自然と身についていて、よく同級生の子の母親や父親に「偉いね」って頭を撫でられていた。
「こちらこそ」
そういって不敵に微笑んだ晴さんもイケメンで、胸がズキュンと撃ち抜かれたような衝撃を受けた。
晴さんも運転席に乗り込んで、ゆっくりと車が発進する。
ちらりと見た窓の外には、誰かがいたような気がした。
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