76 / 96

結局、あれから兄さんには会っていない。 流石に思うところがあるのか、両親から偶には帰省してねと言われているけれど、合わせる顔がない、と俺は思っている。 倖は、俺が今唯一普通に話せる家族だ。 なんで俺だけ忘れちゃったんだよ、とか、倖は俺を軽蔑したかもしれない、などと考えて塞ぎ込んでしまった時期ももちろんあった。 けれど倖はよく俺の家に遊びにきて今の兄さんの状況や家族のことなど、いろんなことを話してくれた。 最初の頃は誰とも話したくなくて追い返していたけれど、屈託のない笑顔をみるといつからかほっとするようになっていた。 けれど、今まで大いに甘えていた〝兄〟という存在が抜けてしまった穴は、それだけでは塞ぎきれないほどおおきく。 年上の彼氏を捕まえては、愛され甘やかされることに喜びを感じていた。 けれどそれはつまり、晴さんたちを利用しているようなもので。 「……軽蔑した?」 ぐっと唇を噛み締めてちらりとハンドルを握る晴さんをみる。 信号で止まった時、ふっと晴さんの手が俺の頭部に伸びてきて、影を落とした。思わずぎゅっと目を瞑った。 けれど、くると思っていた衝撃は全く来ず。恐る恐る目を開くと、ぽんと頭に手を乗せられた。そのままゆっくりと撫でられる。 「っ…晴さん、?」 「俺は、なんとなくわかってたよ。きっと俺じゃなくてもいいんだろうって。」 「そんな事っ…!」 言いかけて、口を噤む。 「だとしても、優は俺を選んでくれたし、いまこうして話してくれた。俺のことも、受け入れてくれただろ?」 「確かに誰でもよかったのかもしれない。でも、ひとりひとりにちゃんと向き合ってきて、その分傷ついてきたのも事実。バーで泣いていたのだって、結局はそういうことだと思ってる。 俺はね、優。そういう優しいところも大好きなんだよ。だから、大丈夫。俺も、優を受けいれる。ただ、いつかちゃんと愛してくれると嬉しい」 どうして、この人はこんなにも暖かいんだろう。心がぽかぽかと満たされていくような気がした。涙が溢れて止まらない。 それから、家に着くまで、俺はずっと泣き続けた。

ともだちにシェアしよう!