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家族
「一一で?今回はどうしたの?」
とりあえず外で話すのもなんだし、と家の中に入り、俺がそういうと、分かりやすく視線をきょろきょろさせ始める倖。じいっと見つめると観念したようにぽつりぽつりと語り出した。
一一それはある日の事だった。
記憶に関しては優のこと以外は普通に覚えていたため退院してからは会社に通勤している1番上の兄、柚が彼女を伴って自宅に来た。
どうやら、両親は兄から「連れてくる」ということを伝えられていたらしかったが、倖にはなんの話もなかったらしい。
「彼女と将来を考えてる」
大学から自宅に帰ってきた瞬間、そういって照れくさそうに笑う兄を見て、倖は、「ふざけんな」といってグーで殴り、両親の制止を振り切って最小限の荷物をまとめて出てきたらしい。
俺は、空いた口が塞がらなかった。あれだけ兄を慕っていた(もちろん俺も含めて)倖が、その兄を殴るなんて。
どうして、と問おうとした瞬間、晴さんが口を開いた。
「優のことか」
倖が頷く。俺が話すように促すと、兄のことを思い出しているのか、眉間に皺を寄せながら唇を尖らせた。
「…だってさ、1番大事な家族のことすら思い出してないのに、結婚って薄情だと思わない?
しかも、結婚ってことは優兄の義姉になる立場の人なのにちゃんと紹介もしてもらえないんだよ?
結婚式でも、優兄のことを家族とは覚えてないから親族席を用意しない。」
目頭が熱くなる。倖が、そんなに俺の事を想っていてくれたなんて。
「そんなの俺は間違ってると思う。自分の大事な血の繋がっている家族をいないものにしてるのに、新しい家族を作ろうとするなんて、駄目だろ、普通に。
優兄は、俺たちの家族なのに、母さんも、父さんも、柚兄も、おかしいよ」
段々と声が細く、震えるようになる。俺は、そんな倖がとても愛おしく思えた。
思わずそっと抱きしめる。
「ありがとう、倖。俺の代わりに殴ってくれて」
そういった瞬間、倖が静かに泣き出した。俺の服の裾をぎゅっと握り締め、声を殺しながら泣く癖は未だに直っておらず、子供の頃に戻ったみたいだ、と少し笑みを零しながら、俺ももらい泣きした。
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