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、
「ねぇ、晴さん」
「ん?」
「式について、話したい」
俺が静かに箸を置いて向き合ったのは、その日の夜の事だった。
お昼の蕎麦はとても美味しかったし、晴さんと一緒にいれて嬉しかったけれど、他のKHに務めてる人たちもちらほらいて、あまり落ち着いて過ごせるような感じではなかった。
けれど、いや、そんな状況だったからこそ、晴さんには一切の隙もなかった。
俺にみせた晴さんの顔は個室のあるところにすれば良かったね、とこちらに少し微笑んだ程度のみで、あとは会社の長としての風格を滲み出していた。
それをみて、俺は恥ずかしくなった。
晴さんが俺を認めてくれているのは分かっているし、愛されている自覚もある。
けれど、周囲はどうだろうか。
もちろん、同性同士という偏見もあるだろうが、もし俺が女性だったとしてもいえることがある。
一一釣り合っていない。
まじまじとその事実を突きつけられたような気がした。
俺がじっと見つめると、察したように晴さんも箸を置いて見つめ返してきた。
ゆっくり深呼吸を1つしてから、口を開く。
「結婚式は、少し待ってほしい」
俺たちの間に一瞬とも、数分とも感じられるような静寂が生まれた。
「……理由は?俺が、嫌になった?」
「えっ、いや、そういうことじゃないよ!ただ……なんて言えばいいのかな…俺に、自信がない、から、かな」
「……」
「もちろん、晴さんの愛はすごく感じてるし、式を2人でやれることもすごく嬉しいから、やりたいと思ってる。でも、今の俺じゃ、堂々と晴さんの隣に立てる気がしないんだ。」
「どうして?俺はそんなこと思わない、だって一」
喋り出すのを遮って、俺が話す。
「俺は!晴さんと対等になりたい!」
口から零れ落ちた自身の言葉が、ストンと胸におりてくる。そうだ。俺は、晴さんと対等になりたいんだ。
「俺も社長に、とか、そういう意味じゃなくて、晴さんが俺のことをみんなに自慢出来るぐらいの、『俺の彼氏凄いでしょ』って、晴さんが言いたくなっちゃうような、そんな自分になりたい」
「……分かった。でも、期限を設けようか」
晴さんの瞳がほの暗い色に包まれているような気がした。
「俺はね、優。善人でもないし、僧侶でもないから、いつまでもは待っていられない。…そうだな、3年はどう?もちろん、優が望むなら1年でも一一」
「3年!3年でお願いします!」
それを聞いて晴さんがにっこりと微笑んだ。
もう逃げられない、と本能が察する。
俺は、這い上がるしかない。そう決心して、テーブルの下で拳を握り締めた。
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