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鷹取光輝01

 物心ついたときから、傍には必ず早坂がいた。  母親のことはよく知らない。一度父に訊いたことがあったけれど、「そのときになったらちゃんと話すよ」と言われたきりで、それからいっこうにそのとき、が来る気配はない。何かややこしいことがあったんだろうな、ということは、父親の年齢から容易に推測することができる。光輝は今、十六。父が十九……大学生のときにうまれた計算になる。まだ学生。周囲からの反対があったことも想像に難くない。盆暮れに一族が一堂に会するとき、何となく父は肩身が狭そうで、その原因が自分にあるんじゃないかと、ずっと前から疑っていた。祖母を筆頭に親戚連中はことあるごとに、「鷹取の家柄」「血統」といったことを口にする。言外に、その資格がないものがいる、と滲ませて。  どこの馬の骨とも分からない女なんかに子どもを作らせて……一族の恥……父はきっと、そんな風に見られている。だからできるだけ、父に恥ずかしい思いをさせちゃいけない。父の足を引っ張っちゃいけない。そのために頑張ってきたつもりだった。金持ちのボンボン校だから進学校とはとても比較できないのは分かっているけど、常に成績は五位以内をキープしている。生徒会にも入ったし、小学校から習っているテニスでは県大会で準優勝まで行った。  父は、優しい。  接している時間が短いから美化されているだけなのかもしれないけれど、反抗心なんて覚えたことがない。漫画とかドラマとかで、クソババアとかハゲ親父とか、親のことを口汚く罵っている『ザ・反抗期』な描写にいつも違和感を感じていた。反抗期、なんてのは都市伝説なんじゃないかと思っていたくらいだ。父のことは本当に尊敬しているし、感謝もしている。日和った父親だったら光輝のことを引き取らなかったかもしれないし、そもそも堕ろさせていたかもしれない。他の女と遊びたくなって、光輝のことを邪魔に思っても不思議ではないのに、そんな様子は微塵も見せない。言葉数は多くないけど、本当に光輝のことを思ってくれているのが分かる。  親戚……特に歳の近い従兄弟たちとは馴染めなかった。彼らは伯父や伯母が父に対してした仕打ちをそっくりそのままコピーし、光輝に対してぶつけてきた。常日頃から表情を変えず、言葉少なに嫌味を「はあはあ」と受け流す父の姿を間近で見てきたものだから、光輝も当然、それに倣うべきなのだろうというある種の覚悟と諦めを、しかしそのとき、父は毅然と打ち払った。 「光輝、帰ろう」  握られた手の感触は、今でもはっきりと覚えている。小学一年生だった光輝の手は、父にすっぽりと包み込まれた。そのときの感覚を引きずって、高校一年生になった今でもまだ、父の手は大きいように感じられる。  行きは車だったけど、帰りはふたり、歩いて帰った。父と一緒に並んで歩けることが嬉しかった。行き交うひと、皆が父のことを見ているように感じられた。見てほしかった。これが僕のパパだよ。見て。皆見て。羨ましいでしょ。こんな格好いいひとが僕のパパなんだ。自慢のパパ。僕も大人になったら、パパみたいになりたい。パパみたいな……  アルファの男、に。  血筋だ何だと言うくせに、鷹取家の直系に、アルファの男は祖父と父だけ。  伯母……父の姉も、伯父……父の兄ふたりも、ベータ。だからどんな不始末をしでかしても、父との縁を、完全に切ることはできなかった。せいぜい嫌味を言うくらいしか。 「ごめんな、光輝」  父の悲しそうな声音に、胸が締めつけられた。どうやったら父を元気づけられるか、幼いながらに必死に考えていた。どうやったら『不憫な子』と思われないか。父が自分を責めないか。 「そうだよ、本当に」 「光輝……」 「お年玉、まだ貰ってないのに」 「お年玉……」 「どうせならお年玉貰ってから出てくりゃよかったのに」

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