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鷹取光輝01

「お年玉……はは、そうだな、本当に、そうだ……気づかなかったよ、ごめんな」 「パパってそういうとこヌケてるんだから」 「そうだな、じゃあパパが、おじいちゃんとおばあちゃんの分のお年玉もあげるよ」 「おじちゃんとおばちゃんの分も」 「それは流石に厳しいなあ……そうだ、何か食べたいものないか? それで勘弁してくれないか」 「んー、いいよ、それで手を打つ」 「『手を打つ』なんて、難しい言葉知ってるんだな。じゃあ、何がいい?」 「僕ねえ、今むしょうにねえ、フライドポテトが食べたい」 「ポテト? そんなのでいいのか」 「そんなのでいい。そんなのがいい。ってか、ごてごてした料理に飽きた」 「ごてごてした料理……ふっ、そうだな、本当に」  そう言って父が笑った。そのことにどれだけほっとしたか分からない。そのあと行ったハンバーガーショップで食べたフライドポテト。そのときの味を超えるものにはまだ出会えていない。窓際のカウンター席。椅子が高くて、父に抱え上げて座らせてもらった。足をぶらぶらさせながら、煙草みたいにフライドポテトを咥えて父を笑わせた。それが父との……ほとんど唯一と言っていい、ふたりきりで過ごした、思い出。  お遊戯会も、運動会も、授業参観も、記憶にあるのは全部、早坂。  小さい頃は早坂のことも、嫌いじゃなかった。おねしょをしたとか、○○くんにいじめられたとか、父には恥ずかしくてとても言えないことも、早坂には言えた。弱音も、わがままも、早坂にはぶつけられた。  早坂と一緒に歩いているときも、ひとに見られている、と思うことがあった。でもその視線の種類は、父のときとは違っていた。好奇と、嫌悪の視線。授業参観のとき、同級生の母親から、「鷹取さんのところは、ずいぶん進歩的なのね」と言われたことがあった。まだ小学生だったから首を傾げるくらいしかできなかったけれど、あれは要するに、オメガなんかを使用人に雇っている、ということを揶揄されていたんだろう。丁度その頃、オメガを雇用すると下りる補助金が増額されたとかで、世間はその話題で持ちきりだった。今ではオメガ雇用枠は、たいていの企業にある。でも父は、補助金目当てで早坂を雇ったわけじゃなかった。行き場のないオメガに同情して、ノブレス・オブリージュとやらをふりかざしたわけでもない。「アルファとかオメガとか関係なく、私は早坂を信頼しているから」……そう、父が早坂のことについて話すときの熱量は、従兄弟たちから庇ってくれたときと同じだった。  不当な理由で差別なんかしない父が誇りだった。  でも今、そんな父が少しだけ、分からなくなっている。  中学三年の冬だった。  内部進学のためのテストで一番になって、高校の入学式で答辞を読むことになった。いち早く父に知らせたくて、父が帰ってくるのを心待ちにしていた。丁度父が帰国するタイミングだった。「おめでとう」「お祝いしないとな」と父は言ってくれたが、その反応は光輝が望んでいたものとは少し違った。じゃあこれ以上何て言ってほしかったんだ、と訊かれれば返答に困るけれど、でもどこか、父は心ここにあらず、な感じがした。仕事で疲れているんだろうか。今までそういうのを家に持ち込んだ姿を見たことはなかったから、戸惑うのと同時に、心配もした。  表面上の、さらりとした会話をしただけで、夕食は終わった。父は早々に書斎に引き上げてしまったので、光輝もしかたなく部屋に戻った。机の上には、書きかけの答辞。一時間ほどかけて最後まで書き終え、そうだ、父に見てもらおう、と、思い立った。次に会えるときには入学式も終わってしまっているだろうから。父に一番に見てもらおう。……

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