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鷹取光輝02

「なかったなあ……周りが結構、優秀だったから。実際、努力しているベータの方が、怠けてるアルファより優秀だと思うよ」  努力しているベータ、という言葉に思わず背筋が伸びた。自分でも頑張れば父と肩を並べられる日が来るかもしれない。  父はおそらく、優秀なアルファ、より、努力しているベータ、の方を、好ましく思っている。父はそういうひとだ。アルファであることを誇り、最大限に利用するアルファが多い中で、父はあまりそのような態度を表に出したことがない。むしろ恥じているようにも見えることがあった。 「アルファだ、って分かってから、一変したんだ、環境が。周囲から一斉にひとがいなくなった」 「いなく……? 意外。すり寄ってくる奴が多そうだけど」 「馬鹿にされているように感じるんだってさ。アルファ『さま』にこんなこと言っていいんだろうか、って、ついつい考えちゃって、気軽に声をかけられなくなる、って」 「あ……」  思い当たる節があった。確かに光輝も、アルファと分かった友人には勝手に壁を感じてしまっていた。 「私自身のそういう経験を踏まえて言うと、本当は光輝には、性別検査を受けてほしくないんだ。光輝がどうしても、っていうのなら、止める権利はないけれど……。でもアルファでもベータでも、光輝が光輝であることには変わりないから」  やっぱり父は父だ。自分よりも十歩も百歩も先のところを見ている。父と話しているうちに、確かに性別にこだわるなんて馬鹿らしいと思えてきた。  でも父と別れて自分の部屋に戻るとやっぱり、釈然としない思いがわいてくる。授業で聞いたときには分かった気になっていたけれど、家に帰って復習してみると分からない……父との会話はいつもそんな感じだった。本当に疑問に思っていることに蓋をして、場の空気を優先してしまうからか。父が望んでいる風にふるまってしまうからか。四六時中顔をつきあわせているような親子だったらきっと違ったと思う。あんたの時代とは違う、あんたとは違う、そんな綺麗事ばかり……と、言い返しもしていたと思う。でも数少ない、一緒にいられる機会に、わざわざ悪い印象を残したくはなかった。  性別なんてどうでもいい、と言い切る父。でも……本当だろうか。父のことを考えるとどうしてもあの夜の記憶も自動的に引っ張り出されてきてしまう。あのとき父には、アルファとしての快感、は、本当になかったんだろうか。  誰とでもできる行為じゃない、と、早坂は言った。それはアルファだってそうじゃないのか。あのとき、父が一方的に『食われて』いるのだ、と、瞬間的に感じた。でも同情とか義務感だけでできる行為でもないだろう。一体何をきっかけにふたりはああなったんだろう。物心ついたときから早坂が傍にいたから何の疑問にも思わなかったけれど、つがいでもないオメガを重用するって、やっぱりちょっとどこか、おかしいんじゃないか。いや……自分はただ、嫉妬しているだけなんだろうか。自分だけの父だったはずが、そうじゃなかった。ただ父を、独り占めしたかっただけなんだろうか。  一番訊きたいこと。でもそれは一生訊けないような予感がした。  父が帰ってくるのは嬉しい。父がいる、それだけで、家全体がぱっと活気づく感じがする。それでやはり父はこの家の主だと実感する。でも今は少し、父が家にいることが、怖い。部屋に戻るとずっとヘッドフォンをしている。静寂の中に、『あの』声を聞いてしまうのが、怖い。

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