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鷹取光輝02

「っ……!」  勘弁してほしい。本当に。もう保たない。これ以上は、もう、もう……  たまらず両肘を床について、うずくまった。 「坊ちゃん!」  早坂が駆け寄ってくる。やめろ、と言いたかった。気安くふれてくるその手をふりほどきたかった。でも声が出ない、力が入らない。精一杯の抵抗も早坂にはきっと、体調不良で苦しんでいるようにしか見えていないんだろう。  肩を支えられる。一度そうされると、もう、駄目だった。ずるずる、しなだれかかってしまう。早坂のシャツの袖がぐしゃぐしゃになるほどに、力を入れて握りしめてしまう。あんなに払いのけたかったはずなのに……最後には子犬か……非力な女子みたいな扱いで抱きかかえられてしまっていた。  下半身丸出しのマヌケな格好。今さらどんな言い訳をしたって無駄だ。でもまだ何とか誤魔化せるんじゃないかとあがいてしまう。そんなとき…… 「坊ちゃ……」  早坂が何かに気づいたかのように、声をつまらせた。不自然なくらいの、沈黙だった。 「着替え……と、シーツの替えを……持ってきますから……ちょっとだけ、辛抱していてください」  そっと横たえさせられ、毛布をかけられる。  光輝を抱きかかえる手つきはぎこちなく、壊れものを扱うみたいに慎重だったのに、部屋を出ていく足取りは荒々しかった。バタバタ、と遠ざかっていく早坂の足音。さっきまでは早く出て行ってほしかったのに、急に、言いようのない心細さに襲われた。毛布にぎゅっとくるまり、海老のように身体を丸める。そうしている間にもじわじわと、身体の中から何かが滲み出してくるのが分かる。そのいいようのない熱を、これ以上身体の中に収めておくことができそうにない。でも、吐き出していいのかも分からない。ひとたび吐き出してしまったらもう、際限なくそれが続きそうで、怖い。……怖い、怖い、怖い! 一体何が起こっているのか。自分はどうなってしまったのか。怖い。死ぬのか? いやそんな。知りたい……でも、知るのが怖い。  がくがくと震えが止まらない。これ以上ないくらいぎゅうっ、と全身を丸めたとき、早坂が戻ってくる気配がした。 「すみません、流石にちょっと暗いので……失礼します」  でもさっきの言葉を覚えてくれていたのか、早坂の手が伸びたのはメインの明かりではなく、机上のスタンドライトだった。  跪いた早坂に、ゆっくり抱え起こされる。それだけで不思議と、少しだけこわばりがとけた。  早坂は水の入ったグラスと、錠剤を手にしていた。 「何……」  縺れる舌で何とかそれだけは訊くことができた。 「飲んでください。これで少しは楽になるかもしれません」  差し出された錠剤。手が震えてなかなか受け取ることができない光輝を見かねて、早坂が口元に運んでくれる。白い錠剤。これ……知ってる……何だ……どこかで、見た……  瞬間、駐車場での映像がフラッシュバックした。ぶちまけた白い錠剤……転がり、排水溝に吸い込まれていった……  まさか、これって……  錠剤が唇にふれた瞬間、顔を背けていた。 「坊ちゃん……?」 「……これ、何だ」  早坂は答えない。 「お前、俺に何を飲ませようとしている……!」 「何って……風邪薬ですよ。病院でもらった……」 「嘘だ!」  嘘なんかじゃないですよ、と早坂は続けたが、目が泳いでいる。不器用な早坂は、嘘のつき方も不器用だ。  手を滅茶苦茶に振る。かろうじて水はこぼれなかったが、ごとん、と、早坂のズボンのポケットから何かが転がり落ちた。見覚えのある、あの小瓶だった。INHIBITOR(抑制)……  がたがたと身体が震える。でもこれは熱のせいじゃない。恐怖のせいだ。  漠然とした恐怖、が、はっきりとした……そして、受け止めきれない恐怖となって胸を圧迫し、息を止めさせようとしている。

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