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鷹取光輝02

 早坂は一瞬しまった、というような顔をしたが、言い訳するようなことは何も言わなかった。 「何だよ……」  早坂の胸ぐらをつかむ。 「何なんだよこれ!」 「坊ちゃん、落ちついてください」 「よ、くせい、ざい……って、はっ? 何でこんなもん飲ませようとしたんだよ!」  でも早坂は、肝心なところになると口を噤んでしまう。何で。何で何で何で。何か言えよ。間違えましたとかすみませんでしたとか言えよ。いつもふたことめには謝っているくせに。何でこんなときに限って黙ってんだよ。 「ま、さか……こ、これって……」  早坂が一度だけ、ゆっくり、まばたきした。それですべて、分かってしまった。  分かってしまった。 「う、嘘……」 「私が知る限りですけど……『あの』ときの症状に、とても似ている気がして」 「嘘……」  早坂の胸ぐらをつかんでいる手を放すことができない。これを放したら、認めたことになりそうな気がして。受け入れてしまったことになりそうな気がして。何とか……今なら、まだ、何とか……早坂がひとこと「違う」と言いさえすれば、覆せそうな気がして…… 「嘘だ……嘘だ、嘘だ……発情期だって? これが? 冗談言うのも大概にしろよ。い、言っていい冗談と、悪い冗談、ってのがあるだろうが……!」  早坂が『あの』と、ぼかしたことをあえて口にする。他人にはっきり突きつけられるくらいなら、自分から言ってやった方がマシだった。でも……まさか、まさかそんな……  身体が、心が、がたがたと揺れている。なのに対照的に、早坂の目はしんとしていた。  ざまあみろと思っているんだろうか。散々手を焼かされてきた『お坊ちゃま』を、ぎゃふんと言わせてやることができるとほくそ笑んでいるんだろうか。  馬鹿にしたから……嫌悪したから……父との関係を認めなかったから……だからバチが当たったんだろうか。いや……違う。違う、違う、違う! これは、違う。発情期なんかじゃない。何かの間違いだ。オメガなんかじゃない。自分は、オメガなんかじゃない! オメガなんかじゃない!  しかし逡巡している間にも、どくどくと尻からはおぞましい液体が溢れてくる。かき出してほしくて、かき回してほしくてたまらない。かき回して……何に? 「ふっ……う、うっ、うーっ!」  がぶり、と、たまらず自分で自分の腕を噛んでいた。痛い。痛い痛い痛い。でもその痛みに安堵した。痛みでまぎらわせられることに……痛みを感じられることに、安堵した。 「坊ちゃん!」  早坂が血相を変えて、腕を引き離そうとしてくる。 「駄目です! そんなことをしたってよくなんてならない……!」 「嫌だ! 何で邪魔すんだよ! ちょっと楽になりかけてたのに! 大丈夫なんだよ、俺は! そ……っんな、薬……なんか、に、頼らなくっても……大丈夫なんだよ! だって、だって俺は、俺は、オメガなんかじゃない! オメガ、なんかじゃ、ないんだから! そんな薬、効くわけがない!」  痛み……そう、もっと強い痛みがあればいいんだ。そうしたらこんなおぞましい感覚、かき消すことができる、きっと。  毛布を身体に巻きつけた格好で、早坂の肩を支えにして立ち上がる。早坂は光輝の行動の意図をはかりかねているようだった。止められるより先に、ペン立てに手を伸ばす。目測を誤って、ペン立てが倒れる。がしゃがしゃと音がして、ペンが散らばる。その中から……ああ、あった……カッターナイフを手に取る。カチカチカチ、という音が心地よく響く。手首に宛う。いや、いっそ突き立てて…… 「坊ちゃん!」

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