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鷹取光輝03
目覚めたとき、熱はすっかり引いていた。
むしろいつもよりすっきりとした目覚めだった。
布団のぬくもりが気持ちいい。
ゆっくり身体を起こす。どこも変に熱くも痛くもない。身体が濡れているということもない。シーツも服も、きれいなものに替えられている。あのあと早坂がやってくれたんだろうか。
ベッドから下りようとしたとき、丁度早坂が入ってきた。
「具合はいかがですか」
具合……
別に、平気だ、いたって普通……
昨日のことは夢じゃなかったんだろうか。そんな風にも思えてくる。
「熱は……なさそうですね」
額に手を当てられる。ガキじゃないんだからと思ったけれど、何故か素直に受け入れてしまった。
「今日は学校、どうされますか?」
休むに違いない、と思いこんで訊いてきているのが分かって、カチンときた。自分はそんなに軟弱じゃない。
「どうするって、行くに決まってんだろ、テスト前なのに休むわけにいくか」
「じゃあこれをお持ちください」
渡されたのは小さなジッパー袋。中にはあの錠剤が入っていた。いらつきが一気にMAXになる。何でこいつはタイミングが悪いというか……こいつのやることなすこと、いちいち勘に触るのだろう。
「いらねえよ」
嫌なこと思い出させやがって。
「ですが……」
「単に体調が悪かっただけなんだよ。もうすっかり平気だし」
「ですが、何が起こるか分かりませんので」
「何が……って、何だよ」
睨みつける。でも早坂は引かなかった。
「今は薬が効いてるだけかもしれません」
「は……」
発情期だ、と、決めつけた言い方。
「私が初めてなったときも、そうでした。すぐによくなって、ああこんなものか……って侮っていたらぶり返して……最初よりひどい波が来ました」
「……勘違い、すんなよ。お前、と……一緒にすんな……」
「一緒になんてしていません。症状もひとそれぞれですので」
「だからそもそも俺はオメガなんかじゃない!」
ジッパー袋を早坂に向かって叩きつける。でもへにゃへにゃした袋には力なんて伝わらず、早坂の胸を掠めるようにして、床に落ちた。ゆっくりとした動作で早坂が拾い上げる。何か……もっと決定的な何かを、早坂が顔を上げる前に叩きつけてやらなければと思うのに、言葉が出てこない。再び、早坂の静かな瞳に見つめ返される。
「……分かっておられるんじゃないですか」
「え……」
「自分の身体のことは自分が一番よく、お分かりでしょう」
返す言葉がなかった。
早坂のそのひとことに縫い止められて、動けない。傷を抉るようなことを言いながら、でも非難ではなく、いたわるような表情を早坂は浮かべている。
「わ、かってるさ……」
ぎゅっと拳を握りしめる。握りしめたとき、腕にぴりっと引き攣れるような痛みが走った。そのときになってようやく、腕にガーゼが貼られているのに気づく。それと同時に思い出す。昨日自分が見せた醜態も。
忌まわしい記憶を封じ込めるように、あえて、さらに力を込める。
「分かってる。あんたさえ余計なことを言わなければ、俺は今までどおりの俺でいられる」
早坂は何か言いかけたが、でも、声になることはなかった。
再び薬を手渡されるより先に、踵を返した。
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