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鷹取光輝03

 言った方がいいんだろう。ぶり返してしまったこと、薬を飲んだら落ち着いたこと、『あの』においが、バレているかもしれないこと……。言うのが怖い。でも、言って、楽になりたい。認めたくない。でも、分かってほしい。 「早坂」  こうやって自分から呼びかけたのはいつ以来だろう。 「はい」 「早坂……が、なったの、って……いつ……」 「坊ちゃんと同じくらいですよ」 「そう……。それまで何か、変な感じとか……なかったのかよ」 「あるひとりの……アルファの方と接しているうちに、ああもしかしたら、って思うことはありました。ひとと比べて自分のことが分かることって、あるじゃないですか。足が速いなあとか、背が高いなあとか。そういう感じで、何となく」 「ショックじゃなかった?」  もしかしたらとても残酷なことを訊いているのかもしれない。でも今の自分なら許されるんじゃないかと思ってしまった。背もたれに深く沈み込んでいく分だけ、気力、知性、人間らしさ……そういったものを擲っている感じがした。 「慣れるまでは時間がかかりました」  早坂の口調は穏やかだった。 「そう」 「でも、たいていのことは慣れます」 「慣れる……」 「私が発症したときより、今はもっといい薬ができていますしね。それに発情期のこともあって……自分の身体のことをよく、気遣うようになります。不摂生をしているアルファより、もしかしたらオメガの方が、よっぽど健康的かもしれません。発情期は……まあ確かに不便ですが、うまくコントロールできれば、さほど自由を制限されるものでもありませんし」 「俺が気にしてんのはそんなことじゃねえよ」  いい薬があるとか、うまくコントロールできるとか、そんなのは何の慰めにもならなかった。そんなの、どうだっていい。普通の人間と、オメガ。勝ち組と、負け組。その違いしかなかった。 「すみません」 「慣れる……とか、簡単に言ってくれんなよ」 「すみません。私の経験が参考になればと思ったのですが」 「慣れるわけないだろ」  そう、慣れるわけなんて、ない。むしろ慣れちゃ、いけない。そんなのに慣れてしまった自分はもう、自分じゃない。  唐突に、嬉々として父の上に跨がり、腰を振る早坂の姿が脳裏に浮かんだ。実際に目にしたわけじゃないのに、その映像はやたらリアルだった。嫌だ。慣れる……だって? あんなことに慣れろというのか。 「馬鹿にしてんだろ」 「どうしてそんなこと……」 「馬鹿にしてんだろ、ざまあみろって思ってんだろ、自分と同じように苦しめばいいと思ってんだろ本当は!」  ばん、と、座面に拳を打ちつけた。運転席を蹴っ飛ばそうとして……でも、脚を振り上げることはできなかった。

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