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鷹取光輝03

 父には絶対言うな、と早坂にしつこく念押しした。早坂さえ黙っていれば、自分はまだオメガじゃない。今思えば、焦って性別検査を受けていなくて本当によかった。  早坂曰く、若い頃は発情の程度や周期が定まらないらしい。そのせいで薬が手放せなくなった。ちょっと熱っぽいと、立ちくらみがすると、また来てしまったんじゃないかと怖くなって、すぐに薬を飲んでしまう。薬をくれと早坂に頼む自分はまるでジャンキーだな、と、自嘲する。症状が出てからでないと意味がない、予防みたいに飲んでもあまり効かないと早坂が出し渋ったから、早坂の部屋に入って勝手に拝借した。この薬が本当に自分に合っているのかは分からない。冷静に考えたら、早坂と同じ薬を使っているなんて気持ち悪い。でもそんなことをかまっていられる余裕ももう、なかった。怖かった。いつまたあの感覚に襲われるかと思うと、怖くて怖くてたまらない。副作用があろうが常習性があろうが、全身を蛇が這っているような、強制的に熱を引きずり出されるような、あの感覚を抑え込めるのであれば、何だってよかった。ちんこを切ったら抑え込めるというのなら、そうすることに何の抵抗もなかった。  それから、砂漠で一滴の水を求めるように、オメガのことを調べ始めた。自覚症状が現れ始めるのは十歳頃から。なかには一生気づかないひともいる。性別ははっきり、アルファ、ベータ、オメガ、と、別れるものでもない。九十九パーセント、オメガの血というひともいれば、四十パーセント程度というひともいる。検査では、過半を占めている性で分類されるに過ぎない。それを知ってからはまた、検査をしたいという欲求が頭をもたげ始めた。自分はまだ、オメガの占める割合が少ないんじゃないか。オメガの中でもまだマシな方なんじゃないか。  滑稽なことだと分かっていた。マウンティングされた奴がさらに弱い奴をマウンティングするような行為。でもそれくらいしか、自分の救い方が分からなかった。ひとと比べて、せめてあいつよりはマシだと思うことでしか、慰められなかった。  学年末テストの結果は散々だった。  直前に勉強がほとんどできなかったし、テストの最中もどこかぼんやりして集中できなかった。しかたない、あんな状態でいい結果なんて出せるわけがない……  そういう風に言い訳してしまう自分自身が、嫌でしようがなかった。父にはまだ話していない。でもずっと黙ってなんていられない。順位は学年で二十一番。それでも全体の上位二十パーセントに入っていると思えばマシなのかもしれないけれど、今までに比べたらひどすぎる。絶対不審がられる。そんなときに、どう言い訳したらいいのか分からない。父には何でも見透かされそうで怖い。早坂と話していると、何でこいつは十を言って二、三しか分からないんだといらいらしてばかりだけど、父と話していると、自分の分かっていないところまで分かられているようなことがたびたびあった。  新学期が始まる前に、父が一度帰ってくるという。  進級祝いに父はいつも何かプレゼントをくれる。去年は腕時計だったし、その前はパソコンだった。今年もきっと何か用意してくれているのだろう。期待してくれているのだろう、光輝の未来に。それがいたたまれなかった。  春休みはずっと、家の中で閉じこもっていた。外でいつまたあの発作に襲われるかと思うと、怖くてとても出られなかった。  オメガの死因の一番は、自殺。発情の症状やそれに付随する身体症状ではないというのが、今までは理解できなかった。でも今となっては何となく、分かる気がする。全身が重だるい感覚は、心拍が上がっているからとかホルモンが過剰分泌されているから、とかではなく、悲しみが満ちているからのような気がする。絶望が全身の感覚を支配しているような気がする。

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