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鷹取晃人01

 ひと目を気にしつつも、修哉と会うのはやめられなかった。会うのをやめてしまったら最後、負けてしまうような気がして。義母に、大きなものに、負けてしまうような気がして。でもそれ以来、外で会うときはとりあえず、目立つブレザーだけは脱ぐようになった。  同級生では、アルファ以外の友だちがいる奴は皆無だった。 「鷹取ってプライベートが謎だよな」  部活がない日はそそくさと帰るので、そう言われたことがある。そのときぽろっと、「友だちと約束があるから」と言ってしまったのがいけなかった。近所の友だちであることを漏らすと、「でもあそこってオメガが多いんだろ」  同級生から返ってきたのは、そんな言葉だった。 「気をつけた方がいいんじゃないの」  何をどう気をつける、のか分からなかった。会話を続けるのが恐ろしかった。 「でも友だちはベータだから」  ベータ、だと、思う。 「ベータこそ一番ややこしいじゃないか」 「ややこしい……」 「オメガの中でしれっと、ベータのフリしてる奴。そういう奴が一番厄介なんだよ。まだ自分のことオメガだってちゃんと受け入れてる奴はさ、ちゃんと発情のコントロールしよう、って自覚があるからいいけど。自分はオメガじゃないって否定し続けて、治療も放置して、それでアルファと事故って責任取れって迫ってくんの」  まるで自分がそんな目に遭ったみたいな口ぶりだった。 「正直俺らってさ、アルファ以外の奴と付き合うメリットってないじゃん」  メリット……  それはまったく、自分の中に用意がない言葉だった。 「ああでも鷹取って何となくアルファっぽくないもんな」  どういう意図で言われたのか分からない。でもその言葉には少なからずショックを覚えた。  アルファだからといって皆が皆できるわけじゃなくて。アルファの中にも優劣があって。自分は頑張って頑張って頑張らないと、尻尾の先にも引っかかることができない。能力、だけじゃなく、そもそも育った環境が違うからか、根本の考えが全然違う。それでも必死で何とか溶け込もうとしてきた。母が望む『立派な大人』になるために必要なことだと言い聞かせてきた。溶け込めていると思っていた。でも実は、まったく通用していなかった。自分だけが気づいていなかった。それが猛烈に恥ずかしかった。  ベータを、オメガを、見下しているわけじゃない。でも自分がアルファと認められていないと思うと猛烈に焦りを感じる。でも修哉といるときは、自分がアルファであることを忘れていたいと思う。この気持ちは一体何なのか分からなかった。  その日はドーナッツ店で、買ったばかりのCDをふたりで聞きあった。お小遣いはあまり多くないという修哉だけど、お気に入りの歌手のCDだけは出るたびに必ず買っていて、それを見ると少し、ほっとした。  買い物を頼まれているから、という修哉と、いつもはそこで別れるのだけど、その日は一緒に買い物を手伝った。大きなカートはすぐに満杯になった。カートを押す修哉を先導するように歩く。 「あ、安い」  修哉が『激安』と書かれたティッシュペーパーに手を伸ばしかけたので、「こっちの方が安いよ」と、思わず口を出してしまった。 「だってそっち一箱一八〇枚じゃん。こっち二〇〇枚」 「えー、でもこっち……あ、そっか、一枚あたりで比べたら安いのか。そういう計算、晃人、本当早いよな。数学、本当は得意なんじゃないの」 「数学っていうほどのもんじゃないだろ。っていうかこれは今までの経験的な」 「経験? 瑛光のお坊ちゃまがスーパーでティッシュ買ってるとか想像つかないんだけど」  瑛光のお坊ちゃま。  でも修哉にそう言われてもちっとも嫌な気はしなかった。

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