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鷹取晃人01
修哉はクッキーとリンゴが一緒くたに載っかった皿を、折りたたみ式の小さな机の上に置いた。その手つきはいつもの修哉とは違って、ちょっとだけ乱暴だった。
「何か……いろいろごめん。まさか母さんにつかまるとは思わなかった」
「あ、うん、こっちこそ……気ぃ遣わせちゃってごめん」
変に体重をかけていたせいで、小さな机はすぐにガタン、とぐらついた。シールの貼った跡や、落書きの跡が見える。下の子たちが使っているものか、それともお下がりか。部屋にあるもののうち、どれが修哉のもので、どれが他のきょうだいたちのものか、区別がつかなかった。机の上のペン立てには、短くなった色鉛筆から、最新式の、振るだけで芯が出てくるシャーペンまで、ごちゃまぜに突っ込まれている。
リンゴはうさぎの形に切られていた。修哉は「普段こんなのしないんだけど」と、頭から丸かじりしていた。リンゴに刺さっていた爪楊枝は使い捨てのものではなく、プラスチックの、持ち手のところに動物のキャラクターがついたものだった。それをじっと見つめていると、また修哉が言い訳がましく、「妹が集めてるんだ」と口を挟んできた。外でいるときより修哉の口数は多く、早口だった。
「懐かしいな」
思わずぽつりと呟いていた。
遠足や運動会。何か特別なときの弁当となると、必ずこういったピックが刺さっていた。うずらの卵とか、ウインナーとか。たったこれだけのことなのに、弁当が数段豪華に見えた。小学校高学年にもなると流石に恥ずかしかったけれど、それが母の精一杯だということは分かっていた。いつもいつも同じピックだったけれど、母が特別なときのために大事に取っているのだということも。
水色のピックが、ぼやけて見えた。
あれ、と思って……
まばたきをした瞬間、ぽたっ、と水滴が机の上に落ちた。それが自分の目からこぼれたものだということが、ピンと来なかった。
修哉はたぶん、はじめ、気づかないフリをしてくれていた。でもそんな気遣いを台無しにしてしまうくらい、涙があとからあとから溢れて止まらなかった。嫌だ。泣きたくない。恥ずかしい。止まれ、止まれ……。でもそう思えば思うほど、涙腺は言うことを聞いてくれない。あー駄目だ、こんなの、おかしいじゃないか。初めて招かれた家で、リンゴ食べた途端号泣って。意味不明すぎる。
溢れてくる涙を何度も手で拭う。でも流石に手だけじゃ間に合わなくなってきたとき、絶妙なタイミングで修哉はティッシュを渡してくれた。そうされるといよいよ泣いていい、と促されたみたいで、声も抑えることができなくなった。修哉は少し目を逸らしながら、でも何も聞かず、黙って傍にいてくれた。
しばらくすると「修哉ー、チョコレートもあったけど……」と母親が近づいてくる気配がした。それを聞くなり修哉は素早く立ち上がって、母親の目から晃人を隠そうとしてくれた。「あー、うんありがと。でももう大丈夫」そう言って母親から差し入れを受け取ると、ぴしゃり、と襖を閉じてしまった。
小さな小さな、カプセルの中にいるみたいだった。
古い畳のにおい。天井まである本棚。ぷらぷら揺れている蛍光灯の紐……
ずっとここにいたいと思った。
あまりにも遠慮なくティッシュを使いまくったため、残りがなくなってしまっていた。それに気づいたのは、ふたりとも、ほぼ同じタイミングだった。
「一八〇枚だからすぐなくなる」
目と目が合った。
そこでようやく、笑うことができた。
修哉は何も聞いてこない。でもこれ以上その優しさに甘えてはいけないと思った。
「ちょっと、思い出してしまって」
振り絞って、何とかそれだけ言えた。
「母さんのこと」
「あー、うん……あるよね、そういうこと」
カラになったティッシュの箱をやけに丁寧に畳みながら、修哉が呟いた。
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