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鷹取晃人02
晃人は携帯を持っていたが、修哉は持っていなかった。一度修哉の家にかけると、慌てた様子で、ちょっと今大変だから、と切られてしまった。きっと晃人が想像している以上に、妹のことでばたばたしているんだろう。何か手伝えることがあればと思ったけれど、そもそもオメガの家族のことについて、修哉の家族たちは晃人にふれられたくないかもしれない。
修哉とよく訪れたハンバーガーショップの、いつもと同じ席を選んで、通りがかるひとをぼんやり眺めていたとき……
ふと、三人組の女子の中に、見知った顔を見つけた。孝子ちゃんだった。店の中に入ってきて、他の子たちとつま先立ちでメニューを覗き込んでいる。楽しそうにおしゃべりしてる様子からは、悲愴感は感じられない。
彼女たちは離れたテーブルに行ってしまったので、話している内容までは聞き取れなかった。
いじめに遭ったり孤立してしまったりする子も多い中、とりあえずは友だちがいるようでほっとする。もしかしたら内緒にしてるのかもしれないけれど、誤魔化すことができるくらい軽い症状なのかもしれない。
そのあと友だちと別れ、彼女がひとりきりになったところを見計らって声をかけた。
「あ、お兄ちゃん」
と返す彼女からは特段変わった様子は見られなかった。
声をかけたものの、体調大丈夫? なんていきなり訊くわけにもいかず、どうしたものかと思っていると、
「あーあ、これからどうしよっかな」
彼女の言い方には、どうしたの、と訊いてほしそうな含みがあった。ちら、と、こちらを上目遣いに見てくる。
「どうしたの」
「うーん、最近、家に帰りたくなくて」
「どうして?」
「だっていろいろ大変なんだもん」
「大変……」
「修哉兄ちゃんから、何か聞いてない?」
いきなり核心にふれることか。
「聞いてないことも……ない、けど……」
「そうだ、やっぱりお兄ちゃんには話してたんだ……修哉兄ちゃんがオメガ、ってこと」
え……
今、何て……
聞き間違いだったんだろうか。
でも彼女は確かに言った。
修哉兄ちゃんがオメガ、って……
「修哉が……オメガ……?」
「あれ、もしかして聞いてなかった?」
やばいこと言っちゃったかも、という風な表情をしたので、慌てて首を横に振る。
「うち、ベータばっかりだからほんと何でーって、感じ。ワケ分かんない。お母さんはさ、子ども六人もうんだのがいけなかったのかな、なんて言うし……。そりゃ確率論的に言えば、ひとりくらいなったっておかしくないわけなんだけどさ。そんなこと言われたら、わたしもうまなきゃよかったってこと? って、何か複雑……」
「それで修哉は……修哉の具合は、今……」
「今ちょうどヤバいときなんだって。二、三日前から学校休んでる。ずーっと部屋に閉じこもって出てこない……っていうか、出てくんな、って、お母さんから言われてるみたい」
「どうして……」
「何か分かんないけど。いろいろ『悪影響』だから? でもうちって狭いじゃん。限界なんだよね。においとか……声とか。だから家に帰りたくないの」
ぞっとした。
発情期の修哉の様子を想像して……
いや、違う。
きょうだいのことも、まるで他人事のように話す彼女に。
心配……じゃない、これは、まるで……
厄介者扱い。
彼女だけ、ということはないだろう。他のきょうだいからも……親からも……そのように扱われているんだとしたら……?
言葉は、何とか、セーブした。でも、険しい表情になるのは止められなかった。あとひとことふたこと彼女が何か変なことを口走っていったら、きっと、厳しく制していた。
「あーあ、これからどうしよっかなあ。今から誰か付き合ってくれる子、いるかな……あ、ねえ、お兄ちゃん家、遊びに行っちゃ駄目?」
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