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鷹取晃人02
友だち。
修哉の家へと続く道のりを急ぎながら、その言葉を反芻していた。
自分でも予想していなかった言葉だった。そうか、修哉とは、友だち……だった、のか。
くすぐったいような、歯痒いような、奇妙な感覚だった。分かりやすく説明できる言葉、が、心も分かりやすく整えてくれるかというと、そういうわけでもなかった。
ずっと全力疾走できるような体力はなかったので、早歩きと駆け足とを不規則に繰り返しながら、つんのめるように前に進んだ。それでもどうしても鼓動が激しくなってしまう。鼓動が激しくなると、身体が上げている悲鳴が、心が上げている悲鳴のように錯覚してしまう。嫌な予感が、現実になるようなシナリオしか見えない。
オメガ……修哉が……オメガ……?
嘘だ。何かの間違いじゃないのか。でも孝子ちゃんの言っていることも、嘘だとは思えなかった。じゃあ……じゃああのとき、修哉が言ったことって……
あのとき修哉は、一体どんな気持ちで、言ったんだろう。
どんな気持ちで……妹のこと、なんて……
自分はもしかしたら、とんでもない間違いを犯してしまったんじゃないか。あのとき自分が選択している言葉が、態度が、行動が違っていたら……修哉は……
もう、間に合わないんじゃないか。
日が暮れるまでに修哉のもとに辿り着くことができなければ、そこで、終わり……
日が暮れるまでまだ十分時間があるというのに、何故かそんな絶望的な想像が止まらない。神さまにひょい、と、時間を早送りさせられてしまうんじゃないか。『いい』奇跡に対しては、そんな都合のいいことあるもんかと頑ななのに、『悪い』奇跡は、あってもおかしくないと思えてしまう。今の自分になら。
団地の中は、めずらしく静まり返っていた。
震える指でインターホンを押すと、まるでその震えが伝わったかのように、チャイム音もビリビリ震えていた。返事はない。ドアノブに手をかける。鍵はかかっていなかった。
家の中も、時が止まったみたいな静けさだ。まるで別の家に来てしまったみたいだった。
「修哉……」
狭い廊下。修哉の部屋の襖の前。におい、とか、音とか……と、孝子ちゃんは言っていたけれど、特に気になるようなものはなかった。耳を澄ませる。微かにすすり泣くような声が漏れ聞こえた。
「修哉……俺だよ……その、孝子ちゃんから聞いて、気になって……その……だい、じょう、ぶ……?」
滑稽なことを訊いていると思った。でもそのときは、それが思いつく限りの精一杯の言葉だった。
相変わらず返事はない。ただ、肩を激しく上下させているみたいな息づかいが、徐々に大きくなっていった。
「修哉、入ってもいい? ……はい、るよ……?」
襖をあける。
飛び込んできた光景に目を疑った。
壁に貼られていたカレンダーは破れ、本や洋服が滅茶苦茶に散らばっている。積み上げられていたカラーボックスは崩れ、床に落ちている置き時計からは針が飛び出ている。おそらく落ちたそのときのまま、放置されたペン立て。その先に散らばっているペンや文房具。びちゃびちゃに濡れたまま丸められているタオル、液晶が割れたテトリス……
荒れた、と形容するのがまさにぴったりだった。その荒れた部屋の真ん中で、修哉が呆然と佇んでいた。てっきり横になっているものだと思ったから、ぎょっとして、思わずダダッ、と後ずさってしまった。その音に修哉の目が動いたのが分かった。
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