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鷹取晃人02
なかなか起き上がることができなかった。できればこのまま泥のように眠りたかったけれど、そのうち誰か帰ってきてしまうだろう。窓のない部屋から外に出ると、廊下はオレンジ色に染まっていた。
身体を拭き、水を飲ませ、洗濯機を回し、何とか快適に過ごせるだけのスペースを確保する。その間修哉は膝を抱えて部屋の隅でじっとしていた。
最後に傷だらけの左腕に包帯を巻いた。そのときも修哉は晃人の手元を見つめて、じっとしていた。だから、たまにまばたきをすると、よく、目立った。その様子をちらりと盗み見ながら、修哉のまつ毛って意外と長かったんだ、と、ふと思った。
「俺、死ぬのかな」
ぽつんと降ってきた言葉。その言葉は、ものすごい力で晃人の頭を押さえつけ、頭を上げることを許さなかった。包帯を持つ手が震える。一度唾を飲み込んだあと、
「死なないよ」
それだけ言った。
「修哉は大丈夫だ」
返事はなかった。でもそれを繰り返すしかなかった。
「修哉は大丈夫、絶対大丈夫」
何の根拠もない言葉。
そういうのは、大嫌いだった。無責任な慰め。うわべだけの励まし。吹けば飛ぶような軽い言葉。言った瞬間忘れているような軽い言葉だと思っていた。それをこんな風に、絞り出すようにして自分が言う日が来るなんて、想像すらしていなかった。
「晃人って……」
「うん」
「アルファだったんだね」
「うん」
ふと、包帯を巻いていない方の手が晃人に向かって伸ばされて……届く前に落ちそうになるところを、反射的に、すくい上げるように握りしめていた。指を絡めるように握りしめる。少し力を入れると、その分だけ返ってきたような気がしたので、さらにぎゅっと握りしめた。力を入れれば入れた分だけ、修哉に思いが伝えられるんじゃないかと思った。
「何でも言って」
「晃人」
「俺にできることがあったら、何でも言って」
アルファだと言われることが嫌だった。
他のアルファみたいに優れていると思えないし、どんなに頑張ったところでアルファだから当然としか見られない。失敗したらアルファのくせにと落胆される。アルファだと誇る気持ちなんて分からない。何が恵まれているのかも分からない。すごいね、と言われるたび、逆に嘲笑われているような感じすらする。
でもこのとき初めて、少しだけ、アルファでよかったと思えていた。
修哉を守る力が自分にはある。自分だけにはある。
それはもしかしたら身体を重ねるよりも……
ぞくぞくする快感だった。
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