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鷹取晃人03
本当なら攫ってしまいたかった。
小さい頃からそんなに、あれが欲しいこれが欲しいと思ったことはない。願ったところで、手に入らないことが分かっていたから。
けれどなりふりかまわず、傍にいてほしいと思った。片時も離れたくなかった。
修哉が『その』時期になると、不思議と言われなくても、何となく分かった。家に誰もいないときを見計らって。もしくは公園のトイレで。とにかく一心不乱にやりまくった。それで本当に修哉を楽にできているのか、実のところ自信はなかった。修哉に「晃人」と手を伸ばされ、求められる、それだけがよりどころだった。
回数を重ねるにつれ、次第に修哉のされたがっていることも分かるようになってきた。反応を見ながら前をこすったり、わざと呼吸を奪うようにキスしたりもできるようになってきた。そうしたあれこれを全部、修哉から教わった。
初めこそ自暴自棄になっていたけど、修哉は努力することをやめなかった。
高校は、県内一の進学校に進学した。
頭の回転が速いなあというのは前々から感じていたけれど、そこまでとは思っていなかったら正直吃驚して、同時に自分のことのように嬉しくて、誇らしかった。ほら見ろ、アルファとかオメガとか、何も関係ないじゃないか。
「入試のときに『あれ』が重ならなくて本当によかった」
修哉はさらりと言った。さらりと言える修哉を、本当に尊敬した。晃人はそんな風に苦しめられることもないのに、学年テストの成績は芳しくなかった。アルファの中では明らかに劣等生。ベータの中に入っても、頑張ってせいぜい中の上だ。
「地力が違うよ。重なってたとしても、修哉だったらきっと大丈夫だったと思う」
「でも試験会場から追い出されるよ」
「どうして? 何も悪いことしてないじゃないか」
「だって……皆の邪魔になるだろ。オメガの気に当てられて集中できなくなる」
「それくらいで集中できなくなる奴は、何やったって集中できるもんか。日頃の鍛錬が足りないんじゃないか、って言ってやればいい」
「日頃の鍛錬、って……」
ふっ、と、修哉は笑った。
この笑顔が、前から好きだった。認めてもらっているような、ふたりにだけしか通じない空気感を作り出せているような気がして、好きだった。でも今は少し、意味合いが、違う。薄くひらかれた唇を見ると、何かの、始まりの合図のような気がしてしまう。何か……。セックス、の。
修哉の気が緩んだ一瞬を見計らってくちづける。見ひらかれる目。こちらを押し返すような手の動き。でも、本気でないことが分かる。こういうやりとりも、修哉から教わった。
「……俺、今日は『その』日じゃないんだけど」
「俺が『その』日かもしんない」
「何言ってんの」
「『その』日じゃなかったら……やったら駄目?」
「……そういう発想はなかった」
勢いで押してしまったけれど、実は心臓がばくばくいっていた。発情期でなくてもやるんだとしたら、この関係を一体どう言っていいか分からなくなる。でも身体は疼く。したくてしたくて……修哉を感じたくて、たまらなかった。本当に自分の方に発情期が来てしまったみたいだ。
目を伏せ、否定的な雰囲気をにおわせた修哉だったが……
「いいよ」
耳を澄ませないと聞こえないくらいの声でそう、言った。
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