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鷹取晃人03

 高校に入って修哉はひとり暮らしを始めた。  ひとり暮らし。  前向きなように聞こえるけれど、実際のところは違う。家を追い出されたのだ。仕送りはあったらしいが、それに甘えきれるような性格では、修哉はなかった。部活には入らず、放課後はバイトに行っていた。やりたいことを我慢してまで、身体に鞭打ってまで、そこまで頑張らなきゃならない理由が分からない。修哉だけが、頑張らなきゃならない理由が分からない。それなのに修哉は、「バイトOKの学校でよかった」なんて言う。  ちょっとでも修哉の助けになることがしたかった。いつしか週末は溜まった洗濯物を干して、部屋の片付けを一緒にするようになった。  修哉は整理整頓が苦手らしく、放っておくとすぐに部屋はあの、修哉の実家の小さな部屋のようにぐしゃぐしゃになった。発情の影響とかではなく、これが修哉の素だと分かって、実は少し、ほっとした。ペットボトルはあとちょっとで飲みきれるのに、というようなものが何本も散乱していたし、衣類はベッドの上でこんもりと山になっていた。逆に晃人は、こういうこまごました片付けが苦にはならなかった。自分の部屋より、修哉の部屋を掃除する方が楽しかった。久しぶりに訪れて、前に掃除した部屋がまた汚くなっているのを見ると、呆れるよりむしろ、あえてそう、自分のために準備されていたみたいでうきうきした。「何で、元あった場所に戻すだけのことができないんだよ」と眉をひそめながらも、そう言えることが嬉しかった。 「最近、体調どう?」 「慣れるとどうってことないよ」と修哉は言った。「『あれ』が来る前兆って、何となく分かるしね。長くても五日以上になったことはないし。ひどいときとそうでないときとの違いも、何となく」  燃えるゴミと燃えないゴミとを分別しながら、「周期が安定してきたってことかな」と応える。  発情期とか、オメガの生態とかに関しては、修哉以上に調べた、と思う。怪しげな民間療法を「これだ!」と突っ走って修哉に勧めたときは半笑いで拒否られたけれど、それくらい必死だった。頑張れば性別を変えられるんじゃないかと、割と本気で思っていた。発情を抑える薬の情報は常にチェックして、図書館で、普段は決して行くことのないコーナーの本を片っ端から借りたりもした。 「たぶん……三十五日くらいのような気がする。ちゃんと測ってないから分かんないけど」 「測れよ」 「だね。でも何か、喉元過ぎると忘れちゃう、っていうか。とりあえず今回も乗り切った、って、ほっとして終わっちゃう」  そういえば……と、思い巡らせる。  前に発情期のときの修哉とやったのは、二ヶ月以上前だ。一回はすっ飛ばしているけれど、そのときは大丈夫だったんだろうか。ひどいときと、そうでもないときがあるって言ってたから、毎回毎回……その……セックス、しなくても大丈夫なのかもしれないけれど。 「終わったあとってさ、すごい爽快感なんだよ」 「そうなんだ」 「普段の状態に戻っただけだと思うんだけど。それまでがひどかったぶん、すっごい、身体が軽く感じられてさ。空の青さとか、吹き抜ける風の爽快感とか、そういうのしみじみ、感じんの。ああ、生きてるって素晴らしいなあ……って」 「生きてるって素晴らしい……」 「笑うなよ」 「笑ってねえよ」 「不思議だよな。それまではさ、もう死んでしまいたい……くらいまで思っちゃうのに、次の日になったら生きててよかった……なんて。だから何かさ、自分の感情が信じられないっていうか。慎重にならなくちゃ駄目だな、って思った。……って、ごめん、そんな深刻な話をしたかったわけじゃないんだけど。何かちょっとずつ自分の中でも整理がついてきた、っていうか。『あの』ときの俺は死んでるものだって、割り切ろうと思って」 「死んでる……」 「一ヶ月のうちの、五日間は死んでる。でも二十五日はあるだろ。皆が三十日かけてやることを、二十五日でやればいい。ただそれだけのことだって」

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