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鷹取晃人03
高校二年の秋だった。
一週間くらい休んでいた同級生がいて、どうしたのだろうと思っていたら、退学したらしいと風の噂に聞いた。名門校で退学……しかもアルファが、なんて、あまり聞かない話だった。
「何かさ、つがいになったらしいよ」
「つがい?」
「オメガと」
高二でつがいを見つけるなんてずいぶん早いが、ないわけじゃない。でもそれがどう退学と結びつくのだろう。退学になるようなことでもないと思うのだが。
「それでさあ、おかしくなっちゃったらしい」
「おかしく?」
「四六時中やりまくってたらしいよー。親は引き離そうとしたらしいんだけどさ、片時も離れたくないって駆け落ちまがいなことして。あわや警察沙汰のところまでいっちゃったらしい。勉強も何もかも擲っちゃって。T大確実だろう、って、めっちゃ優秀だったのに。ひとって一瞬で変わるっていうか……転落するときは一瞬だな」
「そうなんだ……そんな、歯止めがきかなくなるもんなのかな……」
「オメガ相手だからなあ。ちょっとのぼせ上がる、くらいじゃきかないんだろ。悲惨なのはそっからでさ、つがいを解消しようとしたらしいんだけど、オメガ側の親戚一同がしゃしゃり出てきて、切るに切れなくなったらしい」
「親戚一同?」
つがいの解消は、オメガの意思は関係なく、アルファの一存だけでできてしまう。つがいを一方的に解消されたオメガの末路はたいてい悲惨で、それが社会問題にもなっていた。
「なぁんか、そいつの親戚が、オメガの権利を守る的な団体の代表やってたらしくてさ。一方的につがいを解消するなんて許さないーって、乗り込んできたらしい。もし解消するならマスコミにも売るとか、社会的立場をあやうくさせてやるとか。しかもどーやらデキちゃったみたいで」
「デキた?」
「子ども」
「それは……大変だな」
「結構な示談金積んだらしいんだけどさ、そうしたら今度は、必要なのはカネじゃない、私たちをたかり屋だと馬鹿にしてんのかーって、泥沼で。クソ面倒な相手につかまっちまったよなあ、同情するわ。その子どもってのも、本当にそいつの子どもかどうか分かったもんじゃないじゃん」
「……でも、そこまでなっちゃったら……そのオメガの子は……もうそこまでして一緒にいたい、って思わないんじゃないかな。どうなんだろ、ふたりの気持ち的に」
「は?」
は? え? 何言ってんの。何オメガの気持ちなんて考えちゃってんの。
そう不審がられているのが分かって、「いや、別に、何となく……」と慌てて手を横に振る。「そこまでおおごとになっちゃったら、何か恥ずかしいよな、って……」
「本当、俺らもひとごとじゃねえよ。気をつけねえと。あいつら、ありとあらゆる形で誘惑してくっからさ」
「ありとあらゆる形、って……」
「あ、お前、もしかしてオメガとやったことない? 発情期の」
答えられずにいると、勝手に『経験がない』と勘違いしてくれたようだった。
「だったら分かんねえか。正直誘われると断れねーっつーか。一回あれ、知っちゃうとなあ……。しかもつがいになったらさらにイイらしいじゃん? 正直気持ち……とか、恋愛感情、とかはないだろ、オメガに対しては。肉体的なもんしか」
「そういうものなのかな」
「やってみりゃ分かるよ。ま、訴えられない程度にな」
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