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鷹取晃人03

 自分以外とやらないでほしい。  それが、すべてだった。  誰にもふれさせないでほしい。修哉が求めるのは自分だけであってほしい。それがかなわないのなら、もういっそ……  それなのに修哉はがっしりと、晃人の手首をつかんできた。どうしてこんなときに限って……。まるで、晃人の心をとどめようとするみたいに。どうしてこの期に及んで……  押しとどめていたものが、堰を切って溢れ出る。修哉のその手をふりほどくためには、それくらいの勢いがなければ駄目だと悟った。 「オメガって皆、そうなのかよ。発情期になったらアルファ……なら、誰でもいいのかよ。俺は嫌だ。そんなの嫌なんだよ。どうして俺じゃ駄目なんだよ。発情期のときだって俺を求めてほしいんだよ! 他の誰かとお前がそうなってるのは嫌なんだよ!」 「だって……だって晃人は……友だち、だから……」 「はっ……」  何を言い出すんだろう。  友だち……?  友だち、という単語は、こんな風に響くものだっただろうか。  こんな、突き放すような言葉だっただろうか。 「友だち……で、こんなことやってる、って……つまり、セフレってこと? 発情期じゃないとき専用の」 「違う!」 「じゃあ何なんだよ。俺を都合よく利用すんなよ!」  ひどいことを言っているのは分かっていた。利用しているのはどっちだ。笑ってしまう。でも表情は、泣きそうになっている。 「……晃人には、見られたくないんだ」 「見られたく、ないって……。今さらかよ。だって俺は、発情期のときのお前を知らないわけじゃない……」 「それでもだよ! 一回見られたからもういいや、って割り切れるもんでもない。誰だか分からないままセックスするみたいな……あんなこと、晃人としたくないんだよ。あんな醜い自分は嫌だ。度重なると絶対、晃人、呆れる。分かるんだ。俺は……晃人に軽蔑されたくない」 「だからって……誰でもいい、みたいな方が軽蔑、するんだけど」 「誰でもいいわけじゃない!」 「俺は嫌だ」 「晃人」 「俺は……友だち、なんか、じゃ、嫌だ。そんな、ふわふわした……きれいに繕われた関係は嫌だ。俺は修哉の全部、知りたい。全部、全部。皆が知りたくないって思うところまで全部、知りたい。だって俺たち、もう知り合って何年だよ。ポッと出の奴にお前を奪われたくない……」  他の奴が知っていて、自分が知らない部分があるのが嫌だ。自分しか知らない修哉、が、もっと欲しい。 「奪われたく、ないんだ……」  醜い姿を見られたくないと修哉は言った。でも今の自分の方が、きっとずっと醜いと思う。こんな醜い姿を見せているのだから……だから修哉にも分かってほしかった。 「だったら……」  手首をつかむ力が強くなった。 「だったら約束してよ。軽蔑したりしない……って」 「そんなのするもんか」 「離れていったりしない、って……」 「しない、絶対」  絶対、絶対、絶対。  何回繰り返したか分からない。繰り返せば繰り返すほど薄っぺらくなっていく気がする。でもそれ以外の方法が思いつかなかった。 「何でそんな風に言えるんだよ。晃人、俺以外の奴、知らないだろ。俺なんかに固執する必要ないじゃないか。晃人にはもっと、見合ったひとがいる。そういうひとが現れる、絶対。そうなったときにつらい思いをするのが嫌なんだよ……」 「だったら修哉以外の人間は見ない。目に入れない」 「そんな極端な……」 「極端なこと言ってるのはそっちじゃないか。いずれつらい思いをするかもしれないから諦める、なんてそんなの……。修哉が不安になるなら俺は、新しい出会いなんていらない。ずっと狭い世界で生きていきたい」  修哉しかいない世界。  ふたりだけの。  このアパートの一室が世界のすべてだったらよかったのに。  唇を重ねる。肩に、背中に、身体中のいたるところにふれる。壊れものを扱うようでもあり、逆に、どこまでやっても壊れないか試すようでもあった。

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