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鷹取晃人03

 それからたぶん、修哉が他のアルファとやることはなくなった……と、思う、たぶん。  だって、そんな隙を与えないくらい、常に修哉の傍にいた。  修哉は躊躇っていたけれど、外で、『友だち』と、とても誤魔化すことのできない距離感でくっつき、手をつないだ。映画を見に行ったときは手とか腕とか太ももとか……常に修哉のどこかにふれていた。つがい、としての証を刻めない代わりに、そうやって必死にアピールしていた。誰に向かってか分からない、アピールをしていた。具体的に張り合わなければならない相手がいたわけじゃない。誰に対してか、何に対してかも分からない。あえて言うなら親とか学校とか世間とか、どうしようもない世の中の仕組みとか、そういったものに対して。  反抗? もしかしたら、逃げていただけなのかもしれない。  学年が上がるにつれ成績は下がり、下から数えた方が早くなった。  何も知らない大人たちが見たら、オメガなんかにうつつを抜かしているせいだ、ときっと言うだろう。確かに前に比べたら勉強時間は減ったかもしれない。でも、晃人自身が一番よく、分かっていた。他のアルファたちに比べて、自分は圧倒的に能力が、ない。自分が十時間かけないとできないところを、同級生たちは一時間でやってしまう。だったら十時間頑張ればいいのかもしれない。劣っているのなら、その分、努力すればいいだけのことかもしれない。理屈は分かる。でも実際、あっさりと横でやられてしまうのを目の当たりにすると、やる気も何もかも根刮ぎ持っていかれてしまう。何も無理して、自分なんかが頑張らなくたっていいじゃないか。できるアルファは他にいくらだっているのだから、そのひとたちにやってもらえばいいじゃないか。できるフリをするのはもう、疲れた。オメガに溺れたせいだと言うのなら、そう言えばいい。中退した同級生のように、後ろ指を指されたってかまうもんか。いや……  いや、晃人は非難されないかもしれない。ほらやっぱりオメガが誘惑するからだ、オメガなんてアルファの足を引っ張りしかしない、と、修哉が悪者にされるかもしれない。自分の評価が下がっても、鷹取の家から追い出されても、かまわない。母を悲しませるかもしれないけれど、能力が見合っていなかったのだから、しかたない。でも、修哉のことを悪く言われるのだけは嫌だった。修哉が悪く言われないため……頑張れる動機はもう、それしか残っていなかった。  高三になって、今まで適当に手を抜いていたアルファが本腰を入れ出すようになると、いよいよついていけなくなった。最高でT大、最低でもT大、と言われる中、模試でD判定以上出た試しがなかった。滑り止めにしているK大ですらあやうかった。その結果を見て母は、「K大なら別にアルファじゃなくたってかまわないわね」と嬉しそうに言った。K大は、ベータの義兄が通っている大学だった。「ほら、私の言ったとおりじゃない。アルファでも努力を怠るとこうなるのよ。まったく、アルファだからって有り難がってこんな子、鷹取の家に入れることなんてなかったのよ」  アルファだからって皆が皆、優秀なわけじゃない。  そう言いながら、じゃあどうしてオメガは皆、劣っていると決めつけるのか……。都合の悪いことはスルーして、しかもそれに無自覚というのが滑稽だった。 「晃人は大変だよね」  会うたびに修哉はそう、慰めてくれた。 「将来はお義父さんの会社を継がなきゃいけないんだろ」 「どうだろ。義兄さんたちが優秀だから何とかなるんじゃないの。俺、そのうち追い出されるかも」  将来が分からなくて不安、というのと、将来が決められていて窮屈、というのは、果たしてどっちが大変なんだろうと、修哉の肩に頭を載せながらぼんやり思った。将来が決められている、会社を継がなくちゃいけない……だから大変、だと修哉は言う。選択肢が他に、ない。でも、選択肢が、他の同年代に比べて少ない、という点においては、修哉だって同じはずだ。オメガというだけで就ける職も限られてくる。アルファとかオメガとか関係なく、自分たちは無力で、孤独ないきもの。それでもここにいる、ということを確かめるためのセックス。可哀想で、大変な俺ら。

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