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鷹取晃人03

 二年までは互いに勉強を教えあったり、オープンキャンパスに行ったとか先輩の話を聞いたとか偏差値がどうとか、具体的な話をしたりもしていた。でもいざ受験が差し迫ってくると、そういう話をめっきりしなくなった。目の前に迫れば迫るほど、勉強するって何だろうとか進路って何だろうとか、そもそも生きている意味って何だろうとか、そういう、抽象的な話ばかりするようになった。修哉がどの大学を狙っているのか、そもそも進学なのか就職なのかも知らなかった。ただ、修哉は地頭がいいから、オメガというだけで将来が閉ざされてしまうのはもったいない。いっそ自分なんかより修哉がアルファの方が、よっぽど世のためになったんじゃないか。  三年になってからの一日一日は、終わりに向けてのカウントダウンみたいだった。始業式、学園祭、体育祭……行事のひとつひとつに対して、『高校最後』という形容がつく。一日ずつ、何かが削り取られ、失われていく感じがした。それを受験に対するプレッシャーだとか、子どもから大人になる不安だとか、そういったありふれた言葉で片付けてほしくなんてなかった。  小学校から中学、中学から高校は、一年ずつちゃんと年を経て、積み重なってきているという実感があった。小学六年の自分も、中学一年の自分も、ちゃんと同じ自分だった。中学になって環境はがらりと変わったけれど、それでもちゃんと、連続した、昨日の記憶を持った、自分だった。でも高校を卒業してしまうと、それまでの自分から切り離されてしまうような感じがした。かなり多くのものを置いていかないと、向こう岸には行けない。十八歳から十九歳という、向こう岸。 「もうあまり……会わない方がいいのかもね」  高校最後の夏。『息抜き』で参加した夏祭りの帰り、修哉がいきなりそんなことを言い出した。  高校最後、というせつなさを噛みしめつつ、でも、その一瞬は受験を忘れて楽しんでいたところだったから、何、水を差すようなことを言うんだとがっかりした。忘れたかったことを思い出させて。 「ああいや、勉強……大変じゃないか、と、思って。受験が終わるまではさ」  取り繕うような口調だった。 「修哉までそんな先公みたいなこと言うなよ」 「いや……何か、晃人の負担になってるんじゃないかな、って思うときがあって。俺は別に……気楽なもんだけどさ。晃人は将来かかってるじゃない。でも『あの』たびに付き合わせちゃってるし、その……」 「別に負担じゃない」 「そう……ならいいんだけど……」  修哉が晃人の成績について知っているはずはないのに、何故か知った上で忠告されているような感じがして、もやもやする。 「修哉と付き合ってることが勉強に影響するとか、そんなの絶対ないし。っていうか、そんなのも両立できないって思われてるとか心外なんだけど。だって俺……」  俺は、アルファだし。  言いかけ、慌てて思いとどまる。何……マウントを取ろうとしてるんだ。修哉に対して。小さな人間だな、自分は、本当に……  祭りに出かける前、義母に見つかって「あら、余裕なのね」と言われたことが、まだ尾を引いていた。いつもは揉めるのが嫌で、何でも「はあはあ」と受け流していたけれど、そのときは久しぶりに修哉と外で遊べる! と、課題を前倒しでやっていたこともあって、めずらしく抑えがきかなかった。「ああそうですね。ベータとは違いますからね」  売り言葉に買い言葉。そのあと義母がどんな顔をしていたのか、何を言っていたのか……完全にシャットダウンしてしまったから、記憶にない。 「うん、分かった。でも……無理だけはしないで」 「無理なんてしてない」  修哉の手を引いて、ひとけのないところまで連れて行く。祭りの喧騒を遠くに聞きながら、木立の中で互いのものを扱きあった。 「誤解……してほしくないんだけどさ、俺、晃人には頑張ってほしいんだよ。頑張って……とか、偉そうに聞こえたらごめんだけど」  せっかく甘い雰囲気に浸っていたのにまだそんなことを言うのかと思う。でも修哉の声には切実な響きがあったから、黙って耳を傾ける。 「俺にできないことが、晃人にはできるだろ。せっかくそのチャンスがあるんだから、逃してほしくないんだ。俺は晃人がすごいひとになるところが見たい」 「何だよすごいひとって」

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