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鷹取晃人03

『難しい?』 「うん、なかなか……。私立はさ、受かると思うんだけど、授業料のこととか考えると……」 『そう、お母さんは大学受験したことないから分からないのだけど、大変なのねえ……』 「うん」 『身体にだけは気をつけてね。できるかぎりのことをすればいいと思うの。たとえ希望したところに入れなかったとしてもね、それだけが人生じゃないんだし。一生懸命やれば、鷹取のひとたちだって分かってくださるでしょう。勉強だけがすべてじゃないんだから』 「うん」 『あなたはアルファなんだから、自信を持って。誰が何と言おうと、お母さんの自慢の息子よ』  最後の方はほとんど何を話していたか覚えていない。  そんなに頑張らなくていいよ、もっと頑張りなさい……  一体どう言われたら満足したのか、何を求めていたのか、分からなかった。ただ母からは、自分の欲しいものは得られないのだということは、はっきり悟った。  そのあと、倒れ込むような形で修哉の家を訪れた。 「晃人……」  自分の名前を呼ばれることが、こんなにほっとすることだとは思わなかった。修哉を前にすると、しっかりしなければ、という思いと、ここが自分の一番甘えられる場所だ、という思いが交互に訪れた。目と目が合った瞬間、抱きしめていた。抱きしめ返してほしくて、抱きしめていた。  本当はずっとこのままでもよかった。でもセックスを覚えてしまった自分たちの間では、その行為はゴールではなく、はじまりの合図になってしまう。  ぎゅっと抱きしめ合いたい。でも顔を見られるのが怖くて、バックでしかできなかった。 「晃人、ちゃんと寝てる? 身体を壊したら元も子もないよ」  言ってることは母と同じなのに、響き方がまるで違った。 「でもやってもやっても不安でさ。つーかやればやるほど不安になってくるっていうか」  それならこんなところで修哉を抱いている暇があったら、一問でも二問でも解いて不安を解消すればいい。自分の狡さに嫌気が差す。  後ろからぴったりひっついて、抱きしめる。首元に顔をうずめたら、そこから動かすことができなくなってしまった。まるでこの体勢でずっといたいがために、さっさとセックスを終わらせたみたいだった。 「ごめんな修哉だって大変なのに何か……」 「ううん、俺よりずっと、晃人の方がプレッシャーとか半端なくて大変だろ。ストレス解消になるんだったらいくらでも付き合うからさ」 「ごめん……」 「今までずっと晃人に助けられてきたから……だからできることがあるのがちょっと嬉しかったりもするし……」  不意に、どうして修哉は修哉で、どうして自分は自分で、巡りあって、今こんな形でこんなところにいるのだろうと、途方もない考えが浮かんだ。修哉がきょうだいであったとしても、赤の他人であったとしても何もおかしくなかったのに、どうして自分たちはこんな、友だちと呼ぶにはせつなく、恋人と呼ぶにはあやうい関係性なのだろう。  修哉の背中越しに見える電気スタンドのあかりをぼんやり見つめていると、ふと、修哉が身体を起こした。反射的に引き止めるように手を動かしてしまう。どこにも行かないから、という風に微笑まれてしまった。 「喉渇いたから。晃人も何か飲む?」 「うん」 「待ってて」  そのままローテーブルのあたりをぼんやり眺めて、ふと、使い込まれた参考書や問題集に目がいった。何の気なしにノートをぺらぺらとめくってみる。マーカーや付箋がたくさん貼られているわけじゃない。でも、間違えたところは徹底的にやりこんでいる……潔いノートだった。それを見てはじめて、当たり前に修哉も受験生であることを実感した。めくった拍子に、はらりと一枚の紙が滑り落ちた。模試の結果表だった。  どうしてそれを見てしまったのか。  英語175/200 数学200/200 物理82/100 化学93/100  志望大判定 T大/A N大/A H大/A K大/A  あまりにもきれいに揃いすぎた『A』に、これは本当に模試の結果表なのか……サンプルかと思ったくらいだ。でも確かに右上には、『早坂修哉』の文字がある。まぎれもない、修哉の模試の結果……

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