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鷹取晃人03
「そんな……」
「俺ね、医者になりたかったんだ」
「医者……」
「オメガのことを本当に理解できる医者になりたかった。こんな厄介な症状を少しでも楽に……自分と同じ症状で苦しんでいるひとを救いたかった。自分なら寄り添えるんじゃないかと思った。この身体のことをもっと知りたかった」
ひといきで言ったあと修哉は、夢を、未練を、すべてふりきるように息を吐いた。
「でもまあ……仮に身体の調子がよかったとしても、受かっていたかどうか分かんないし……資格を取ったとしても、そっから働くのは厳しいだろうし……」
ふいに、晃人の腕をつかむ力が強くなった。
「だからそういうのは全部、晃人に任せるよ」
「そんな……任されても、困る」
何てことをしてしまったんだろう。足元から崩れていく。自分なんかのつまらない嫉妬のせいで、修哉の人生を棒に振らせてしまった。あと一日早く駆けつけていたら、修哉を救うことができていたかもしれないのに。受験に間に合ったかもしれないのに。そもそも自分を……自分だけを頼ってほしい、なんて、修哉を縛りつけなければ……。自分以外のアルファと出会っていたら、修哉は夢を手放さずにすんだかもしれないのに。
「困るよ、だって俺、修哉みたいに頭よくないもん」
自分でも吃驚するくらい、弱々しい声になった。
「A判定とか出たことないし。そもそも俺、文系だし……。数学とか、ちょっとひねられると全然だし……一度も、できた、なんて自信持てたことないし……修哉の方が、よっぽど、よっぽど……」
どうして自分はアルファなんだろう。どうして修哉はオメガなんだろう。神さま、どうして、よりによって。
修哉の胸に突っ伏して……気がつけば空が白み始めていた。
夜から強制的に引きずり出すみたいな太陽の光。雪がちらちら舞っている。雨が空の涙だとしたら、雪は、まるで声を出せずに泣いているみたいだった。
起き上がったのは修哉の方が先だった。
「晃人……もう行かなくていいの……」
「行かなくていい……」
「今日、二日目だろ……センター試験」
「ん……」
行きたくなかった。自分なんかが試験を受けたってどうせ無駄だ。分かってる、自分のことは自分で一番。でも修哉の前で、それは何があっても、絶対、絶対、言ってはいけない。
「頑張って」
背中にそっと、修哉の手。
……ああもっと、勉強しておけばよかった、と、そのときようやく、切実に思った。
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