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鷹取晃人04

 思わず逆算して考えてしまう。あのセンター試験の日……。自分の一番、きたないところをえぐり出すようにして絡み合った、まさか、あの……  言葉が出てこなかった。  本当に、何も、出てこなかった。  何を言っても何の解決にもならない気がした。何を言っても自分の言葉は薄っぺらく、力を持たない気がした。  妊娠……子ども……どうしたら……  子ども……自分たちだってまだ子どもなのに。そう思った瞬間、全身から血の気が引いた。感情を受け止める順番と、理解する順番と、吐き出す順番とが、何だかばらばらだった。子ども。そうだ、子ども……は、育てなきゃいけない。でも育てられるのか。だって……自分だってまだ養ってもらっている立場なのに……どうやって稼いでいいかも分からないのに……あー、講義眠ー、早く終わんねえかなー、って、ぼんやり毎日を浪費してきたのに……そんな、いきなりひとりの命を背負うなんて、そんな……  今さら、自分たちのやって来た行為の、本当の意味を突きつけられた気がした。初めは夢中だった。修哉を救うための行為だった。次第に快楽を追う行為になった。修哉を束縛する行為になった。自分を確かめる行為になった。でも……そうだ、これは……命をうむ行為だったんじゃないのか。  大袈裟に言えば自分の一部が今、修哉の中にある。  神秘的な出来事のはずだ。喜ばしい出来事のはずだ。でも……どれだけ……そんなこと思ってはいけないと戒めても……自分を叱り飛ばしても……わきあがってきた感情を抑えることができなかった。  怖い。  ただ、ただ、怖い。  どうなってしまうのか分からなくて、怖い。  それは、大学に受かるか受からないか悩んでいたときの比じゃなかった。  受け止めきれないものが眼前にあって、でも逃げることはできなくて、そうするともう、押し潰される未来しかないじゃないか。  耳をふさいで目を閉じて、ワーッと叫びたかった。嘘だ、嘘だろ、と問い質したかった。でも、一番ショックを受けている修哉を差し置いて、そんなことをする権利は晃人には、ない。そこを食い止めるだけの理性は……最低限の人間性は……かろうじて保っていた。  ショック……  いや……どうして修哉がショックを受けている、なんて……。だってこれは……喜ばしいこと、のはずなのに……  心の底から喜べない自分は、何て最低な人間なんだろう。  ニュースでよく聞く児童虐待とか、遠い世界の話だと思っていた。そんなひどい人間が本当にいるのかと信じられなかった。でも今、自分は最低最悪の虐待をしているじゃないか。この期に及んで。覚悟を決めたような修哉の目を見てもなお、何かの間違いであってほしいと思っているのだから。 「堕ろそうと思ってる」 「えっ……」  そのときの自分は一体どんな表情をしていただろう。  一瞬だけ、目が合った。それ以降、目を合わせることができなかった。夕暮れの日差しが部屋をオレンジ色に染めていた。その光と影の境目をじっと見ていた。 「そう」「うん」と、何も解決しない言葉だけが、ふわふわと浮いた。

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