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鷹取晃人04
母が亡くなった三日後、光輝がうまれた。
義父母からは修哉と連絡を取ることを禁じられていたが、行かなければならないと思った。でもいざ病院に着くと、どのツラ下げて、という思いがこみ上げてくる。
修哉との関係を……子どもとの関係を誰かに訊かれたら自分は、一体どう答えるつもりなんだろう。どう答えられるんだろう。
何も覚悟が決まらないまま、あっという間に病室の前。
覗くと、修哉は眠っていた。柔らかい日差しがベッドに降り注いで、白い布団カバーをさらに白く際立たせている。それをキャンバスにするように、ちらちら揺らぐ、木の葉の影。
しばらくじっと、修哉の寝顔を見下ろしていた。
ちらちら、ちらちら、揺れる木の葉の影が、修哉の顔も撫でている。まるで本当に撫でられたかのように、修哉が眉間に皺を寄せて、う……ん、と、唸った。目があいたときに最初に目に映るのが自分でいいのか、ふと、怖くなる。あと数秒、修哉が目をあけるのが遅かったら、視界に入らないところまで後ずさっていた。
「晃人……」
そんな晃人の緊張を解きほぐすように、先にふっと、笑ってくれる。どんな極悪人でも改心させてしまうような微笑みだった。
「来てくれたんだ」
「うまれた、って聞いて……」
お疲れさま? 頑張ったな? 嬉しいよ? ……何も言えない。何を言っても白々しい。資格がない。
修哉を不安がらせないよう、精一杯の笑顔を繕いながら、でも手は汗でびっしょりだった。
「……身体、大丈夫?」
「死ぬかと思った」
死ぬ、という単語に、どきりとした。修哉には、母親のことは知らせていない。
うまく言葉を返せないでいると、おもむろに修哉は上体を起こした。
「急に起きて……大丈夫なのか」
「うん……せっかくだから……会いに行く?」
「会いに……」
「赤ちゃん」
晃人の支えがなくても、修哉はしっかりとした足取りで歩いた。修哉の半歩後ろについて歩く。そういえばこうやってまじまじと、修哉の背中を見たことはなかった。いつもたいてい横並びか、晃人が先を行っていた。背中、そして……
出産間近で余裕がなかったからか、伸びきった髪がうなじを隠してしまっている。
こんなときに唐突に……この首筋に軽く歯を当てたとき、「そういうのは何かちょっと早い」と、やんわり押し返されたときのことを思い出した。あのときは確かに、「ちょっと早」かった。じゃあ今は……? 今は逆に、遅すぎるんじゃないか。もはや今、自分が修哉にできることといったら、証を示すこと、くらいしかないんじゃないのか。
そんなことを考えていたものだから、修哉に「ほら、ここだよ」と指し示されても、しばらくぼんやり、新生児室の窓ガラス越しに、よその子どもを見てしまっていた。慌てて修哉の名前が書かれたプレートを探す。
それまですやすやと眠っていた赤ん坊が、不意に顔をくしゃりとさせた。精一杯バンザイをしても耳のあたりまでしか届いていない手。それがしきりに、何かをつかむように動いている。
うまれたばかりの赤ん坊は正直皆、同じように見える。どっちに似ているか、なんて、さっぱり分からない。ネームプレートが外されてしまったら、晃人は、探し当てられる自信がない。でも修哉は、ちゃんと見分けられるんだろうか。
「あ、ほら、笑った」
と、窓ガラスを人差し指でコンコンやっている修哉は、晃人に話しかけながらも、赤ん坊から目を離さなかった。赤ん坊をじっと見つめている修哉、を、晃人はじっと見つめていた。赤ん坊はただ顔をしかめただけのような気もするけれど、修哉が「笑った」と言うのなら、笑ったんだろう。
「名前……どうしようか」
赤ん坊と同じように表情を動かしながら、修哉が言った。
「うん……どうしよう……名前……そっか、名前か……期限あるんだっけ」
「十四日以内だって」
「あっという間に過ぎちゃうよな……修哉、何かいいのある?」
どうしようか、と言いながら、何か考えているように見えたからそう問いかけたのだけれど、「お前に全部任せる」的なのは無責任だっただろうか。
「そうだね、いくつか考えてはいるんだけど……晃人も一緒に考えてよ」
晃人が「うん」と返事し終えるより先に、修哉はまた、窓ガラスに鼻先がくっつくほど顔を寄せて、目を細めていた。
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