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鷹取晃人04
ちょっと考えたらすぐ分かりそうなものだった。まさかタダで、アルファの子どもを手放すわけがないだろう。親子の縁を切るような、そんなこと……よっぽどの見返りがない限り。
いい、それはもう……別に。母を恨む気持ちはない。それで母が救われたのなら、それでいい。そのことを今まで自分だけが知らなかった、ということに、僅かな引っかかりを覚えているだけだ。自分だけが何も知らないまま、鷹取家はひどい家だと思いこんでいた。でも逆の立場だったらどうだろう。それだけのカネを注ぎ込んで、でもこのていたらく。夫の不貞の結果とはいえ……。そんなの、疎ましがられて当然じゃないか。むしろここまで面倒をみてもらったことを感謝するべきなんじゃないか。
引き出しの一番下にあったのは、A4の封筒。
中に入っていたのは一枚の紙。
晃人が性別検査を受けたときのものだった。
様々な検査項目がずらりと並んでいるが、一体何が何を表しているのかよく分からない。かろうじて分かったのは、一番下に書かれていたアルファ、の記号と、アルファの含有率七〇、ベータ二五、オメガ五という割合のみ。
こんな風に通知があったのか。
封筒の中にはもう一枚、まったく同じ結果表が入っている。
コピーでもしていたのか。
ふうん、と一瞥し、しまい直そうとしたとき……ふと、違和感を覚えた。一番下に書かれている記号が……違う。そこにあった記号は……ベータ。ベータ含有率八〇、アルファ一〇、オメガ一〇……
名前を確認する。でも二枚とも、皆川晃人……
どういうことだ。
これは一体どういうことだ。
そしておもむろに気づく。
重ね合わせて見ると、結果がアルファの方の文字が……少し、傾いて、文字に若干の掠れがある。そう、まるで……上から文字を貼ってコピーし直したみたいな……まるで……
偽造。
という単語が、ぽつん、と、浮かんだ。
まさか……そんな……まさか……
何のため……一体……
カネのため……?
どう受け入れていいのか分からない。問いかけたくても、唯一真実を知る人間はもう、遠いところへ行ってしまった。
アルファじゃなかった。
アルファじゃなかった……
そうか、だから……ずっと感じていたこの違和感は、劣等感は……
なあんだ、アルファじゃなかったんだ。
だったらできなくても当然じゃないか。アルファじゃないから。簡単にできなくて当然だったんだ。なあんだ、そっか、そう……
耳を、目を、ふさいで、叫んで、滅茶苦茶に当たり散らし、転げ回りたかった。目の前に大きくひらかれた窓があったなら、衝動のままに身を投げていた。
でも一方で、心は、静かだった。静か。違う。そこだけ時間が止まってしまったかのようだった。あと0.00000……秒、時間が動けば、弾丸が命中してしまう、その寸前で止められたかのようだった。もうずっと止まっていたかった。
ガタン、と中途半端に引っ張り出していた引き出しが落ちた。中の紙切れが床に散らばる。タンタンタン、と外階段を駆け上がる足音。どこかの家のチャイムが鳴っている。時計は夕方の五時四十九分。十月十四日。平成十五年。
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