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早坂修哉01

 ごめんなさい、裏切られたような……なんて、さも自分が裏切っていないかのように表現してしまいましたけど、私は実際、晃人を裏切っていたのです。だからバチが当たったのだと思います。私は、晃人に、たとえ発情期中の性欲処理だとしても、晃人以外と関係を持たないでくれと言われたにも関わらず、不特定多数のアルファを相手にすることをやめられませんでした。一度逃げる術を覚えてしまうと、発情期の飢えに耐えることができなくなってしまったのです。それほどまでに発情期は……いや、これは単に、私の心の弱さのせいです。  それまでで一番ひどい発情期が来たのは、大学受験の前日でした。  何で、よりによって、何でこんなときに……  受験に合格したとしても、大学に行かせてもらえる保証なんてありませんでした。オメガが大学へ行ったところで何になる、というのが、家族の考えでした。どうせロクに社会に貢献なんてできやしないのだから、無駄じゃないか。  でももし、誰もが認める大学に受かったなら、そんな意見も覆せるかもしれない。オメガでもできるんだと……諦めることはないのだと、認めてもらえるかもしれない。そんな心づもりがあったのです。しかし発情期になった瞬間、その夢は呆気なく潰えてしまいました。  必死で慰めてくれる相手を探しました。でもそんなときに限って、応じてくれるひとは現れませんでした。受験のことをちらりと話すなり、「オメガのくせに受験するのか」と、それきり連絡が取れなくなったひともいました。  何とか薬で抑えられないかと、いつもの倍以上の量を飲みました。身体の火照りはいくぶんおさまったような感じもしましたが、身体が楽になった分の反動が、心に来ました。死にたくて死にたくてどうしようもなくなった。ここにいることが耐えられない。この身体を引きずらなければならないことが耐えられない。息をしていることが耐えられない。心、なんて、目に見えない、どこにもないもののはずなのに、そのときは私の身体の中にあって、その首根っこを、ぎゅう、とつかまれているような感じなのです。不思議と涙は一滴も流れないのに、胸の中はひたひたと、冷たいものが満ちているのです。  そんなに死にたいなら早く死ねばいいのに、と、思うかもしれません。でもこの希死念慮、というやつは、喉が渇いたから飲み物を飲む、お腹が空いたから食べ物を食べる、眠いから寝る、というのと同じように、死にたいから死ぬ、という解決方法に結びつかないのが厄介なのです。人間はそうは簡単に、死ぬようにはできていません。死、は、遠い遠い、小さなところにある的のようなものです。どんな射的の名人でも簡単に撃ち抜くことができない、極小の的。それを素人が、腕をぶるぶるさせながら必死に命中させようとしている。これが当たったら死ねる、と思って。でも次第に、本当に命中させる気があったのかも、疑わしくなってきます。  最後に頼ったのは、晃人でした。  身体なんてもうどうでもいい。この心を救ってくれるのは、晃人しかいなかった。  私は、最低です。  晃人を裏切っておきながら、都合のいいときだけ頼ろうとした。晃人の優しさを利用しようとした。  だから晃人にも、伝わってしまったのだと思います。晃人だって受験を控えているのに。人生を左右する大切な日なのに。どっちを選ぶかといったら、受験を選ぶに決まっています。今までそうしてくれと、むしろ私の方から言っていたくらいなのです。晃人の人生の邪魔になりたくない。その誓いは何だったのか。  自分のことが、これほど嫌になったことはありません。  自分が悪いのに。一〇〇パーセント自分が悪いのに。自分の身勝手。それが叶わなかったからといって、見捨てられたと恨む資格も嘆く資格もないのに。  それでも私は、悲しかった。  今なら悲しみで死ねると思いました。  そのあと、私の様子を聞きつけ、家にやって来たアルファに抱かれました。前戯も後戯もおざなりな、身勝手なプレイをするひとでしたが、そのときはそういう扱われ方が自分にはお似合いだと思いました。自分には所詮、その程度の価値しかない。地の底まで貶めてほしかった。  身体はずいぶんとマシになりました。受験も、頑張ったら間に合ったかもしれません。  でも心が、追いつかなかった。  何もかもがむなしく、未来もまるで、過去のことのようでした。  だからその日の夜、晃人がやって来てきたとき、私は少し、失望したのです。  もう堕ちきる準備はあるのに、何故また戯れに救おうとするのか。救おうとするのなら、どうしてもっと早く救ってくれなかったのか。  でも、一度抱きしめられてしまったら、膨れあがったマイナスの感情はすっと萎んで、ただただ、嬉しさしか残らなかった。きっとふりほどくべきだったのに、できなかった。どれだけ欲しくないフリをしたところで、私はやっぱり、欲しかった。望みが僅かでもあるならそれに賭けたい。  愛されたかった。

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