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早坂修哉01

 誰もいない店の奥で、ふるまわれたホットブランデーに口をつけながら、ようやく『人間』らしく扱われたような気がして、私は胸のうちをぽつぽつと彼に打ち明けていました。彼は、否定するようなことは何も言いませんでした。「そうなんだ」「それは大変だったね」と、似たような相槌ばかりでしたけど、その繰り返しが心地よかった。  話が一段落したとき、おもむろに彼は言いました。 「バイトだけじゃ大変でしょ。君にぴったりの……いい仕事があるんだけど。興味ない?」 「いい、仕事……」 「そう、時給何百とかでちまちま稼いでたんじゃとても割に合わないでしょ。せっかく……オメガなんだからさあ、それを活かす仕事した方がいいよ」 「活かす、って……」  嫌な予感がしました。彼の口元は快活に動いていましたが、目はまるで、いつ獲物に飛びかかろうか狙い定めている獣のそれで、こちらに焦点を合わせたまま、微動だにしていませんでした。急に、君を彼に預けているのが恐ろしくなりました。休ませていただいて有り難うございました、お邪魔にならないうちに失礼します、と立ち上がりかけ、でも……脚に力が入らずに、その場にくずおれてしまいました。どくん、どくん、と、脈打つ鼓動をやたら意識してしまいます。まさか、さっきのブランデーに……そう気づいたときには押し倒され、馬乗りになられていました。 「オメガと一回やってみたかったんだよなあ」  彼の肩越しに、ソファに寝かされた君の手が……小さな指が……不器用にひらいたり閉じたりしているのが見えました。くちづけられながら、肌に舌を這わせられながら、ああ……あんな、ソファに端っこじゃ、ちょっと動いた拍子に君が落っこちてしまうかもしれない……ただ、それだけが気がかりでした。  衣擦れ、荒い息遣い、結合したところから漏れるぐちゃぐちゃという音……  ごめんなさい。ごめんなさい、ごめんなさい。  こんなに最低な父親、この世のどこを探したっていないでしょう。  でも、君はまるで私の意を汲んでくれたように、おとなしかった。いつもは、泣いてほしくないときに限って泣き出すのに、このときは、私と一緒に息を潜めて、ただ、嵐が過ぎ去るのを祈ってくれていたかのようでした。無理矢理犯されながら、それでも達し、相手を悦ばせて情けを頂戴しようとする私の生き様を、否定するでも肯定するでもなく、ただじっと、受け止めてくれているようでした。  幸い、一度出すと、彼はあっさり満足してくれました。  解放されると私は即座に君を抱きかかえ、彼の神経を逆撫でしないよう細心の注意を払いながら、その場を後にしました。ようやく家に着いてふと洗面所の鏡を見ると、へらへらと媚びへつらうような笑顔が貼りついたままでした。  心も身体も限界でした。一度目を閉じてしまったらもう二度と起きられないんじゃないかと思ったのに、朝が来るといつもどおり、君を保育園に預ける準備をしています。仕事に行きたくない、サボりたい……しょっちゅうそう思っていたはずなのに、そのときは何故か、行く、以外の選択肢は考えられなくなっていました。そうすることで何とか『日常』にしがみつけるような気がしたのです。車輪はとっくにレールから外れているのに、無理矢理列車を走らせ続けるかのように。  その日の昼、また、君が熱を出したと保育園から連絡がありました。当然かもしれません。あんな夜遅くに連れ出したりしたから。

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