109 / 133
早坂修哉01
半年ぶりに会ったとき、晃人は悲しくなるくらい、何も変わっていなかった。
晃人は、ずっと一緒にいようと言ってくれましたが、私たちは大きな川を挟んだ対岸にいるもの同士だということに、晃人はまだ気づいてはいませんでした。昔のままの距離感でいられると、期待と安堵が滲んだ目。
ひとりで抱え込むな、どうして今まで黙っていたんだ、俺が何とかするから……そういった言葉のひとつひとつが、痛かった。だって私は、わざわざ君を抱きかかえて晃人に会いに行った。よれよれのシャツに、すりきれたズボンを履いて。そんな分かりやすい罠に、晃人は呆気ないほど簡単に引っかかった。きっとこれから、十人が十人とも見破れる嘘を私がついたとしても、晃人だけは騙されてくれるのでしょう。
晃人の目を見ていると、どうしてそんなところにいるんだ、早くこっちに来い、と手を伸ばされているように感じました。目の前に横たわる大きな川に気づいていない晃人。いや、晃人なら、こんなの隔たりでも何でもないと、ひょいと飛び越えてしまうのかもしれません。きっと飛び越えてしまう。何をそんなに躊躇うことがあるのかと問いつめられたら、私は、「そうだね」と流されてしまいそうになる。それが怖かった。もう二度と、私は、決して、晃人に救われてはいけない。
私たちが共有してきた過去と、そしてこれからの未来に……未来の象徴である君を見て目を細めている晃人の前に、私は一冊の通帳を置き、そして言いました。オメガのための生活補助金が、毎月ここに振り込まれることになっていると。鷹取家の資産からしたら笑われてしまう額だけど、光輝のために使ってやってほしいと。
当然晃人は、「どうして」「できない」と繰り返しました。一度受け取ってしまったら承諾したとみなされるのを恐れたのか、通帳にはふれようともしませんでした。それでも私の心は決まっていました。
私は光輝と親子の縁を切る。光輝の親が私であることは、絶対、公にしない。身勝手なのは分かっている。でも光輝は、晃人の子として育ててほしい。どうか、晃人の子として。
たくさんの反論の言葉が晃人の中で渦巻いているのが分かりました。でもショックの方が大きくて、上手く言葉にならない、その隙を突いて私は言いました。「光輝を、鷹取の家の子にしてやってください。どうか、鷹取の家の子として。俺には力がない。でも君にはあるだろ、晃人。お願いします、お願いします、お願いします……」
土下座する私を、晃人は必死に抱え起こそうと試みていましたが、でも私が、「今なら君のお母さんの気持ちが分かるんだ」と言った瞬間、彼の腕からすうっと力が抜けていきました。
自分たちの間に流れていた川の水嵩が、確実に増したのが分かりました。もうどうやっても対岸に渡ることはできないでしょう。
鞄の中に偽造した遺伝子検査結果を用意してありましたが、幸いそれは最後まで使わずにすみました。
本当は君を晃人に託したら、私は姿を消すつもりでした。遠いところに行くつもりでした。でも晃人は、そこは頑として譲らなかった。
見守る義務がある、と、晃人は言いました。親だということを明かさなくてもいい。でも、見守る義務がある。
私を使用人として雇うことを養父母に提案したのは、晃人でした。オメガの雇用を促進する法律ができたタイミングで、積極的にオメガを雇用すればイメージアップにつながる、と……。そういったところは、晃人は、非常によく頭が回りました。アルファでないのかもしれない。勉強は……たぶん、理系科目に関しては確実に私の方ができていたような気がしますが、そういうのは何の関係もなく、やはり、晃人には圧倒的に『力』がありました。
ともだちにシェアしよう!