私の身勝手をすべて呑み込んでくれる代わりに、晃人が出した条件はふたつ。 　ひとつは、君の成長を傍で見守ること。もうひとつは、晃人以外のひとと関係を持たないこと。 　使用人とはいえ鷹取の人間なのだから、いつどこで誰に見られて変な噂を立てられるか分からない。だから自重してほしい…… 　晃人の言い分はそうでしたが、真意はもっと、違うところにあるような気がしていました。 　発情期のときは頼ってほしい、と言葉は思いやりに溢れたものでしたが、その目には脅迫めいたものがありました。晃人がこんな目をするところを知っているのは、たぶん、私だけだと思います。晃人は優しい。でも、優しいだけじゃない。その部分にふれたときの痺れるような快感を知っているのも、たぶん、私だけでしょう。 　立場はすっかり変わってしまいましたが、ひとたび肌を合わせると、簡単にあの頃に戻ることができました。晃人もきっと、同じように思っていたと思います。喘ぐ私の口に指を差し入れながら、「晃人って言って」と促してきました。「旦那さま、じゃなくてさ」 　旦那さま、早坂、じゃなくて。晃人と修哉に戻ろう。 　私は首を横に振りました。けれど晃人に、「修哉」と呼ばれると、それまでこらえていたものが、堰を切って溢れ出ました。 　晃人、晃人、晃人……！　ずっとこうしたかった。ずっとこうしてほしかった。 　気持ちいい？　と、晃人は何度も訊いてきました。 　ぐずぐずになった後ろは、ぼんやりしていて、晃人がそこにいるのかどうかも分からないくらいの鈍感さ。ふれられればふれられるほど、発散されるどころか身体中に溜まっていく熱。射精と排泄の違いもよく分からない。それでも脚を絡めながら、いい、いい、と、頷き続けました。苦しかった。アルファとするセックスを知ってしまった私にとっては、晃人とのセックスはもはや最上のものではなくなっていました。満たされる、のとは真逆の、使い果たすようなセックスでした。でも、辻褄が合っていないように聞こえるかもしれませんけど、「いい」という言葉にも嘘はなかったのです。私は、確かに、晃人とこうしたかった。他のアルファとじゃ決して満たされないところを満たしてくれるのは、晃人しかいなかった。 　ふと、何度目かのキスをしたとき…… 　もしかしたら晃人は全部分かっているんじゃないか。 　そんな思いにかられました。 　晃人はもしかしたら、分かっているんじゃないか。私のこの身体にわだかまった熱は、晃人では鎮められないことが。晃人はアルファではないことが。晃人自身ももしかしたら、分かっているんじゃないか。 　だとしたら。 　だとしたら何て甘い罰をくれるのか。 　私は再び、晃人としっかり目を合わせ、「いい」と言いました。もっとして。もっと。晃人がずっと欲しかった。晃人しかいらない。いらないから……！ 　本当はアルファに慰めてほしい……微かにあった願望は、その瞬間、完璧に、跡形もなく砕け散りました。晃人の偽りを受け入れ続ける。それこそが私に与えられた役割なのだとさえ思うようになりました。私たちをつなげるものは……秘密。アルファとオメガ、雇い主と使用人、光輝の親……そういったものではなく、私たちをつなげるものは、決して表には出せない、誰にも互いにも言うことができない、秘密と、そして、後ろめたさ。 　絶望しようと思えばできたかもしれません。でも、笑いながら心で泣いたその瞬間、私は、押し潰されそうだったのです、幸福に。 　だって私たちは、『運命』なんて、どうしようもないもので引き合わされたわけじゃない。私たち自身の意思で、こうしてつながっているのです。運命に抗って、つながっているのです。 　うなじなんかじゃない、心の深い、深いところに、晃人の歯形があります。 　一生、消えることのない。