「なあ、考え直してくれた？」 「は？　何が」 「だから、つがいにな……」 「大声で言うな！」 「つがいになって」 「小声で言っても駄目、っつーか近い……近い近いっ！　耳元で喋んな気持ち悪いっ！」 「なあー、つがいになってよっ」 「魔法少女になってよ的ノリで言うなっ」 「じゃあ一週間！　一週間だけお試しつがいやってみない？」 「何だよお試しつがいって。お試しでつがいになってたまるか！」 　講義室で肘を小突き合っていると、前の方にいた同じゼミの女子たちに、「仲いいんだね～」的視線を寄越されてしまった。春陽はそれに応じるように、身体を寄せてあろうことか肩に腕を回してきた。「でしょでしょ～」なんて、あああいい加減にしろよおい！　ああやばい。このままじゃ変な噂を立てられてしまう。というか周囲から固められて既成事実を作られてしまう！　こいつならやりかねない。 　というかいつの間にかこいつのペースに巻き込まれて、なし崩し的にオメガだということを肯定させられてしまっている！　今さら否定するのも変だし…… 　……まあ、いっか。 　空気がぱんぱんに入ったボールをバウンドさせるみたいな春陽の話を聞いていると、何だかすべて、どうでもよくなってくる。というか、おおらかな気持ちで受け入れてしまいそうになってくる。 　会った傍からひとをオメガだと決めつけた物言いだとか、その上つがいになってくれとか、冷静に考えたらかなり失礼だと思うけど、でも不思議とそんな感じがしないのは、彼の人柄が成せる技なんだろう。遠巻きに眺められてオメガじゃないのかと探りを入れられるよりは、「オメガだろ」とド直球に訊かれていた方が、もしかしたらよかったのかもしれない。……そんな風に、最終的に思わされてしまうのも。 　それとも、もしかしたら、これこそがアルファの力なのか。彼のアルファの能力は、たぶん……勉強、には、あまり活きていない気がする。この大学はそこそこ名前は知られているけれど、トップクラスというほどではない。アルファがいるのはめずらしい。講義中の様子や、ゼミでの発表を見ていても彼はあまり……優秀そう、には見えない。でももしこの、ひとの懐にするりと入り込んでしまえる人柄そのものが、アルファの能力だったとしたら…… 　運命、って、そんなにすぐに分かるもんなんだろうか。 　運命のつがいなんて都市伝説みたいなもの、と、早坂は言っていた。でも、ないわけじゃないんだろう。運命ならやっぱり、お互いが、出会った瞬間に分かるものなんだろうか。こいつの言っていることはどこまでが冗談でどこまでが本気なんだか分からない。 「……つーか、こんなところでそういう話をすんのはやめろ」 　肘でぐい、と押し返すと間髪入れず「じゃあどこですればいいの、いつすればいいの」 　その目は憎たらしいくらい邪気がない。 「知らねえよ。でもとりあえず今じゃない」 「でもさあ、そうやって後回しにしているうちにさ、先越されちゃうかもしんないじゃん。別の奴に持ってかれちゃうかもしんないじゃん。そんなの後悔してもしきれない！　俺、ありとあらゆる後悔の中でその後悔だけは絶対したくないの」 　……何だそれ。 「心配しなくても、俺を好きとかいう物好きな奴はいねえよ」 「いるよー、絶対いる。自己評価低すぎ。自分の魅力に気づいてない！」 　何だよ魅力って……と言いかけ、あやうく思いとどまる。きっと喋って止まらなくなる。 「大体、いきなり過ぎんだよ。いきなり好きとか言われても、わーそうなんだ嬉しいーとはならねえだろ普通。警戒すんだろ。何も分かんねえのに。嘘くさいっつーか」 「でも分かんなくてもともかく落ちてるもんだよ、恋なんて。本当にあるんだよ、一目惚れって」 「いや別に一目惚れは否定しないけどさ。その勢いを相手にそのままぶつけんな、って話。好きになるのは一瞬でも、好きって気持ちを相手に伝えるのは一瞬じゃ無理だろ」 「鷹取」 「何」 「すげーな、お前ほんっと、すげーな！　そっかあ。そうだよなあ、何か今、すっげえ納得したあ……」 「そ、そう、そりゃよか……」 　よかったのか？ 　いや、よくなかったよな。 　余計な燃料を投下してしまったんじゃないか。