122 / 133

再び・鷹取光輝02

 それは大変でしたね、とか、しんどかったでしょう、とか、自分はどう言ったって、胡散臭くなってしまうと光輝は思う。  仮にあとで春陽の言葉を書き起こしてみたら、きっとたいしたことは言っていない。それなのに春陽が言うと、皆がパッと顔を上げるのは何故なんだろう。胡散臭さがないのは何故なんだろう。本心から思っているから? でもそれなら、自分だって思っている。  息子を亡くした母親は、あの頃のことはもう思い出したくないと、初めは怒り調子だった。けれど別れるときには、光輝の手を握りしめて、感謝の言葉を並べてさえいた。 「すごいな」  被災者宅から出てしばらくしたあと、思わず呟いていた。 「何が?」 「いや、あれだけ話聞けると思わなかったから。正直、俺だけだったら全然……話、とか、盛り上がらなかったと思うし……」 「そんなことないって。俺、ただ、緊張しちゃうとべらべら喋って止まんなくなっちゃうだけ。ごめんな、俺ばっか喋っちゃって。鷹取だって訊きたいことあっただろ。大丈夫だった? 変なこと言ってなかった? あー絶対変なこと言ってたような気がする。っていうか何言ったか覚えてねえもん! あ、やべ、あとのことなーんも考えてなかった。俺、何言ったっけ」 「大丈夫、録音してるし、訊くことはちゃんとチェックしてたから。大事なとこは全部押さえてたと思う」 「ほんと? よかった。助かる。鷹取と一緒でマジよかった。じゃなかったら会ってもらえなかったかもしんないし。つーかそもそも辿り着けなかったかもしんないし」  ……確かに。  自信満々に進んで行くからてっきり道が分かっているのかと思ったら、「何となくこっちの気がする」という恐ろしい返答。慌てて調べたら目的地と真逆。こいつ、本当にひとりだったらどうしていたんだろう。……でもまあ、そうなったらそうなったで、何とかやっていたような気もするけれど。サバイバル能力が高そうというか、きっと、こいつがひとこと、「助けてー」と言うだけで、わっと救いの手が差し伸べられる。簡単に助けられて……そしてたぶん、簡単にひとを助ける。  気がつけば、水田を眺めていたときと同じような気持ちで、一歩先を行く春陽の背中を見つめていた。 「……だよな」 「えっ?」  しまった。今回は本当に『ぼーっと』していた。ふりむいた春陽の顔が、夕焼けに照らされて眩しい。 「いやー、でも、本当に感謝だよな」 「感謝……」 「俺らのために時間割いてくれてさ」 「……ああ、うん、本当……本当そうだな、有り難かった」  ぎくりとする。  愚痴るくらいならそもそもインタビューを受けんなよ、と、光輝は思っていたから。  ひととの向き合い方が、こいつは、とんでもなく真っ直ぐなんだ。 「当たり前だと思ってたものが急に奪われるのって……ほんと、きついよな」  またおもむろにふりむかれて、「えっ」と上擦った声を漏らしてしまった。その様子を見て春陽が笑う。「何、さっきから、変な顔」 「何って、お前が急にふりむくから。何なんだよ。心臓に悪いんだよ。いきなりふりむくなよ。小走りになったかと思ったら急にゆっくりになったり……さっきから思ってたんだけど、お前と一緒だと、そうとう歩きずれーんだよ。何なんだよ、あーもう言った傍から傾いてくんな! まっすぐ、ちゃんとした歩幅で、歩け、っての!」 「あはは、俺はさっきからさあ、『だるまさんが転んだ』みたいだな、って思ってた。ふりむくたび、ピタッ、って表情固まるんだもーん。気づいてた? だるまさんがころ……」 「向くな!」  頭を両手で挟んでぐいっ、と強制的に前を向かせてやる。けれど懲りずに、手を離した隙にまたこっちを向こうとする。そのとき後ろから、チリンチリンと自転車のベル。恥ずかしくてしかたなかったけど、春陽はケラケラ笑っている。笑いながらそれでも、「すみませーん」と自転車のひとに謝るのを忘れない。

ともだちにシェアしよう!