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再び・鷹取光輝02
今が夕暮れでよかった、と思った。顔が熱い。
長く長く伸びた影の頭と頭とがくっついている。影だけは、くっついている。どれだけ距離を取っても、影だけは。
「あ、いいにおい」
「あー確かに。夕飯時だもんな」
「これは……餃子?」
「えー、そうか?」
「ニンニクは絶対使われてるよなあ。あー腹減った」
「そうだな。新幹線の中で食べる?」
「だな」
右にずれたり左にずれたりして、影を何とか離れさせることができないかと苦心していると、またおもむろに春陽が口をひらいた。
「あー、懐かしいにおい」
「懐かしい?」
「うん、俺ん家、中華料理屋やってて」
「へえ……」
「昔は嫌で嫌でしようがなかったんだけどな。店手伝わされるし、油染みつくし、ニンニク臭いってからかわれたりしてさあ。でもそう言う奴らも、うちのメシ食ったら一発に何も言わなくなんの。だから片っ端から友だち、店に呼んでさ。美味い、ってひとこと言わせてやりたくてさ。そしたらわんさか友だちが集まってきて、放課後、俺の友だちだけで貸し切りみたいになっちゃって、いい加減にしろって怒られたりで……」
やっぱり。昔からひとに囲まれてたんだな。友だち百人とか、余裕でいそう。
「あと、こんな美味いメシ作れる親父すげえだろ、って自慢したいのもあってさ」
それは何かちょっと、分かる気がする。
「本気で親父の跡、継ごうかなって思ってたときもあったんだ。皿洗いとか床掃除とかは勘弁だったけど、料理すんのは好きだったから」
あー……確かに。何かこいつ、そういうのは器用そう……っていうか、自分の作った料理を食べて笑顔になってもらいたい、とか、てらいなく言いそうだし。
って、さっきからずっと心中でしか相槌を打っていなかった。それなのに春陽は光輝の反応を受け止めたかのように話を進めていく。
「でもさあ、そう思ったときはもう遅くて」
「遅い?」
「店が燃えちゃって」
ふーんそう、燃え……えっ、燃えた?
今何か、さらりとすごいことを言ったような気がしたけど。言い方が内容に合っていない。
「燃え、た、って……リアルに……?」
「そうそう。SNSで炎上ーとかじゃなくって、リアルにボーボー燃えたのよ」
「だ、いじょうぶ……だったのか、その、怪我とか……」
「ああうんそこは不幸中の幸いでさ、誰も怪我してないし死んでもいない。でも両隣には燃え移っちゃって。何とかやり直そうって頑張ろうとはしたみたいなんだけど……やっぱ結局、キツくてさ。店、畳んじゃった。今親父は普通に会社勤めしてる。だからさ、もちろん、天災とは比べ物にならないんだけどさ、分かるんだよ。当たり前だと思っていたものが急になくなる感じってさ」
それは……
「大変だったな」
『大変でしたね……おつらかったでしょう……すみません、思い出させるようなことをしてしまって……』
さっき、春陽がどうふるまっていたか必死に思い出そうとしていた。けれどどれだけ再現しようとしても、光輝がすると、吹けば飛ぶような薄っぺらさになってしまう。
「何とか頑張ってほしかったんだよ。でもさ、丁度よかった、なんて親父は言うの。アルファのお前に継がせるような店じゃなかったから、って。なくなってくれて心残りがなくなった、って。そっから家でも全然鍋振らなくなっちゃったし。火事の前日さ、新しくメニューに出そうか考えてる麻婆焼きそばの試食してくれって頼まれて、でも俺、今そんな重たいもん食べれねえって断っちゃったんだよ。あのときさあ、もう二度と食べられないって分かってたらさあ……。って、何かただ食い意地張ってるだけみたいだな。ひとの命に比べたら笑われちまう」
「命だろ。それもある意味、命だろ」
春陽の頭がぴくんと動いた。ふりむくかと思った。でも、ふりむかなかった。
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