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つぐみと絵本と周の年越し

「では、これが記事の資料です。締め切りは前回お電話でお話した通りになります」 三十手前ほどの女性編集者・有本(ありもと)は笑顔で紙の束を周に手渡した。 喫茶店の窓際の席で、周と有本は向かい合って座っている。 周はこの打ち合わせのため、久々街に出ていた。 あと数日でクリスマス。 窓から見える街並みはどこも赤と緑の電飾に飾られ、その中を連れ立って歩く人々はみな、楽しげな笑みを浮かべている。 この店内も陽気なクリスマスソングに満ちていた。 「ところで佐和田さん」 有本は手元のコーヒーを一口飲むと、改まった調子で周に呼びかけた。 「これまで雑誌の記事やコラムなどのお仕事をお願いしてきましたが、……創作って、やってみる気、ないですか?」 「え、創作……、ですか」 周は有本の言葉に、一瞬たじろいだ表情を見せた。 編集者にこのような提案をされたのは初めてだったからだ。 「ええ、佐和田さんの文章、雑多な記事だけじゃもったいなくて。それに、以前より随分柔らかくなってきてると思うんです」 「柔らかく……? 僕の文章が、ですか?」 周の声に珍しく戸惑いが混じる。自身では思ってもみなかった指摘だった。 「そうです、きっと、佐和田さんが子育てを経験なさったからではないでしょうか」 そう言って、有本は微笑んだ。 有本とはまだここ一年ほどの付き合いだが、この出版社では周がつぐみと一緒に暮らしていることを知っている人物も多い。 それはつぐみがまだ幼かったころ、どうしても社に出向く用事があり、つぐみを連れて訪れたことがあったからだった。 加えて、周の大学時代の後輩もこの出版社には勤めている。 「創作と言っても色々ありますよね」 周が問うと、「そうですよね……」と有本は微かに首を傾げてから、「絵本とか、どうですか」と答えた。 「僕が、絵本……ですか」 周の声が驚きに、僅かに大きくなる。 自身の文章が絵本に向いているなど、考えたこともなかった。 絵本、か……。 周は心内で呟いて、昔、つぐみに読んでやっていた一冊の絵本のことを思い出していた。

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