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大晦日。
「周さん、ちゃんと掃除機かけたよ!」
台所でまな板に向かっている周の元に、長々とコードが引っ張り出されたままの掃除機を抱えて、つぐみが駆け寄ってきた。
「お、ありがとな」
「ねぇ、コード入れて?」
周が振り返ると、つぐみは床に這っているコードを怖々と見下ろしていた。
ボタンを押してコードがシュルルッと勢いよく収納されるとき、飛び跳ねたコンセント部分が手に当たったことがあり、それ以来、掃除機のコードを収納するのが怖いらしい。
「わかった、ちょっと今手が離せないからそこに置いとけ」
周が指示すると、つぐみは掃除機をダイニングテーブルに立てかけた。
冬の間は周の部屋のこたつで食べることも多いが、普段は台所のすぐ横にあるこの小さな二人掛けのテーブルで食事を摂っている。
テーブル上には、醤油さしや箸立て、よく使うマグカップなどが伏せて置いてあった。
つぐみのお気に入りのマグカップには柴犬のキャラクターが付いている。
そしてその隣に置かれた周の湯呑みにも同じキャラクターが付いているのだが、これはつぐみが子供の頃、お小遣いを貯めて誕生日にプレゼントしてくれたものだった。
つぐみは周の背後にぴったりとくっつくと、少し背伸びをして、周の肩越しにコンロを覗き込んだ。
「なんか、甘い匂いがする!」
「ああ、黒豆煮てるからな」
明日の元旦に向けて、周は黒豆と栗きんとん、そしてがめ煮を作っていた。紅白なますは酢の物が嫌いなつぐみに却下された。
自身の両親がそうであったように、周はクリスマスに特に何かをすることはないのだが、年越しは大掃除をしたり、簡単なおせちを作ったりする。
しめ縄ももう玄関に飾り付けていた。
そして、大晦日の今日の献立は水炊きだ。
明日はこの残りに餅を入れて雑煮代わりにする算段だった。
餅はおととい、久遠の家で餅つきがあり、手伝いに行ったつぐみが分けてもらったものだ。
周はまな板の上で水炊きに入れる人参を型抜きで星形にくり抜いていた。
子供の頃のつぐみに、なんとか野菜を食べさせようと努力した結果の星型人参なのだが、周は今も星型にするのが癖になっている。
「俺、黒豆の匂いも好きだけど、周さんの匂いのほうがもっと好き」
つぐみはそう言って、周の腰に手を回し、首筋に顔を寄せると、深く息を吸った。
「みぃ、邪魔するな!」
周は型抜きと人参とを持ったまま、くすぐったさに身動ぎしたが、つぐみは一層腕に力を籠めてギュッと抱き着いてきた。
「ねぇ、早く食べたい」
「だめだ、黒豆は正月になってからだ」
「違うよ、周さんだよ……」
ふたりきりの台所で、つぐみは内緒話をするかのように声を潜める。
その声音に周の心臓がドキリと鳴った。
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