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「みぃ、そろそろ久遠君が迎えに来る時間じゃないのか?」
周はみかんの皮を剥きながら、こたつに寝転がってうとうとしているつぐみに声をかけた。
「うん……」
目元を擦りつつ、つぐみがのそのそと起き上がる。
「みかん食うか?」
問うと、寝ぼけまなこながら、つぐみがあーんと口を開ける。
周はそこにみかんを一房咥えさせた。
「ん……、甘くて……美味しい」
座卓に置かれた卓上コンロの上には、食べ残した水炊きの鍋が乗っかったままだった。
床の間の柱に掛けられた時計の針は、あと数分で新年を迎えようとしている。
先ほどから除夜の鐘の音も聞こえてきていた。
「ねぇ、周さんは本当に初詣行かないの?」
口をむぐむぐとさせながら、つぐみが不満げな声を出す。
つぐみはこれから久遠とふたりで近くの神社に初詣に行く約束をしているらしい。
数日前から、周も一緒に来ないかとしつこく誘われていた。
きっと周が来ても、久遠は何の疑問も、不満も抱かず、楽しげに参拝するのだろう。
しかし、十代の頃の友人との思い出は、人生の中でも特別なきらめきを持つ、宝物のようなものだ。
大人になったからこそ、周はその大切さが身に染みてわかる。
つぐみにもそんな思い出を持って欲しかった。
「ああ、俺は締め切りもあるしな。久遠君とふたりで、しっかり合格祈願しておいで」
笑顔で言って、その口にみかんをもう一房放り込んでやる。
つぐみは諦めたように小さく息を吐いた。
だがつぐみは座卓上のみかんの皮を横にどけると、身を乗り上げてきて、周の頬を両手で挟んだ。
そして鼻先同士がくっつきそうなくらいに自身の顔を寄せてくる。
「なんだ?」
戸惑う周の瞳をつぐみはまっすぐに捉えた。
「俺だけを見て」
そう言われずとも、周の視界にはつぐみの顔しか映っていない。
透き通るような滑らかな肌に、茶と緑が甘く混じり合った二重の瞳。
大人とも子供とも言えない、その危ういような美しさは、毎日見ている周でさえ、見惚れてしまいそうになるほどだった。
つぐみは振り返って柱の時計を見たあと、また周の顔に視線を戻した。
「あと、五秒。目をつぶって」
言われたとおりに目蓋を閉じる。
「三、二、一……。目開けて」
「……っ」
息を呑むほどの眩い笑みが、目の前にあった。
「明けましておめでとう、周さん。周さんが去年最後に見たのは俺で、今年最初に見たのも俺だね」
そう言って、悪戯っぽく目を細める。
周は心臓が不規則に波打ち、頬が紅潮するのを感じた。
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