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「お、おめでとう、みぃ」
そう口にするのが精いっぱいで、動揺を隠すように立ち上がった。
そして、桟にかけていたハンガーから、つぐみの黒いダッフルコートを脱がせる。
「風邪ひかないよう、しっかり着ていくんだぞ」
「うん」
大きく頷いたつぐみはコートを羽織ると、首元に青いタータンチェックのマフラーを巻きつけた。ボトムは葡萄色のスリムパンツだ。
「こんばんはー! 明けましておめでとうございまーす!」
玄関が開く音がして、久遠の大きな声が届いた。
「高階、行くぞ~!」
「今行く!」
つぐみは久遠に向かって声を張り上げたあと、「じゃ、行ってくるね」と周に小さく手を振った。
「ああ、いってらっしゃい……」
周も手を振り返した。
しかし、背を向けたつぐみに、なぜか、言いようのない焦燥感のようなものが湧き上がってくる。
咄嗟に、その腕を掴んだ。
「ん?」
驚いて振り返ったつぐみの唇に、腰を屈めてキスを落とす。
「……!」
呆気にとられたつぐみの顔を見下ろして、周はクスリと笑う。
「今年初めてのキスは俺と、だな」
途端につぐみの頬が真っ赤に染まった。
「周さんってば、ずるい!」
頬を膨らませたつぐみは周の両腕を掴んで背伸びをすると、まるで仕返しのように、今度は自分から周の唇に口づけた。
「……今年最後のキスも俺とだよ?」
柔らかな唇をそっと離して、つぐみが周の瞳を覗き込む。
「ううん、これからずっとずっと、最初も最後もぜーんぶ、周さんのキスは俺のだから!」
「ふっ、わかったよ。ずっとな」
周が眼鏡のブリッジを押し上げながらそう答えると、つぐみは恥ずかしげに唇を噛んで俯く。
「おーい、高階! 何やってんだよ、早く行くぞ!」
再び久遠の声が響いてきて、周とつぐみは肩を竦めてこっそりと微笑み合った。
そして、もう一度、どちらともなくキスをする。
除夜の鐘が、新しい夜に、鳴り続けている。
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