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野崎とつぐみと周の過去
「あれだ、あの瓦屋根の家だ」
野崎慎吾(のざき しんご)は社用車であるバンの助手席から声を上げた。
その指差した先には古風な一軒家が裏通り沿いに立っている。
県庁所在地である大都市から車で一時間超。
田畑に囲まれた平野の街は、細い路地が入り組み、城下町だった名残をとどめていた。
昼過ぎなのに辺りに人影はなく、その静けさは時が止まってしまったのかと錯覚するほどだった。
「へぇ、野崎さんが言ってたとおり、特集のイメージ、ピッタリですね!」
運転している坂下(さかした)も期待の籠った視線を家屋に向ける。
駐車場に車を入れると、野崎と坂下は玄関へと赴き、呼び鈴を鳴らした。
他のスタッフは撮影用の機材を降ろしている。
「ああ、いらっしゃい。久しぶりだな、野崎」
しばらくして玄関の引き戸が開く。
現れたのは、野崎の大学時代の先輩である佐和田周だった。
周は一見、地味で近寄りがたい雰囲気をしているが、黒縁眼鏡に隠されている素顔は、すぐに端正なものだということに気付く。
しかも笑みを見せると、同性の野崎でさえドキリとしてしまうほどの甘い顔立ちになるのだった。
こげ茶色のタートルネックセーター、ウール地のパンツという服装は、明らかにファストファッションのアイテムだが、周の均整の取れた体躯をあますところなく伝えていて、野崎が着こなす濃紺のチェスターコートに細身の白パンツ、スウェードのショートブーツという流行を押さえたスタイルさえ、霞ませてしまう。
「佐和田さん、突然無理言ってすみません。あ、こっちが今日の担当の坂下です」
「ちわっす! すんません、佐和田さん、急に押しかけて!」
野崎に紹介された坂下が金髪の頭を思いきり下げた。
「モデルも撮影場所も提供してくれるなんて、すげー助かります! でも一カットだけですぐに済みますから、ご心配なく!」
野崎の勤める出版社の後輩である坂下は美大出の入社二年目。
その言動は社会人として引っかかるところもあるのだが、どこか憎めない。
「いえ、こちらこそ、今日はよろしくお願いします。ほら、つぐみも挨拶しなさい」
そう促されて、周の後ろから少年がひょっこりと顔を出した。
毛先の跳ねた栗色の髪は、今しがた起きたばかり、という印象を受けた。
Tシャツの上に羽織ったピンクベージュ色のニットカーディガンは、オーバーサイズなのか、袖口からは指先が少し見えているだけだった。
「やあ、つぐみ君、久しぶりだね」
野崎が声をかけると、つぐみは強張った表情のまま、おずおずと頭を下げた。
「わあ、こりゃ、話しで聞いてたよりずっと綺麗だな!」
坂下が感嘆の声を上げながらつぐみにぐいぐいと近寄る。
顔を僅かに引き攣らせながら、つぐみはまた周の背後に後ずさった。
「じゃあ、庭はこっちですよね」
野崎は坂下の腕を強引に引いて、玄関からそのまま庭へと回った。
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