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*** 野崎は大学時代に何度か周のこの家を訪ねたことがあった。 元々は母方の祖父の家なのだそうだが、本人は市役所を定年退職した後八十を超えた今も、周曰く、糸が切れた凧のように国内外を問わずあちこちを放浪しているらしい。 祖母は早くに亡くなったとのことだった。 周は大学入学を機に、学校に近いという利便性もあり、転勤族だった両親の元を離れ、空き家となっていたこの家で独り暮らしを始めたという。 周の両親は定年後、赴任先の日本海側が気に入ってしまい、そこに家を買って、落ち着いているそうだ。 野崎は腕を組み、庭の隅に立って四方を見やった。 撮影スタッフが手際よくカメラやラフ板などを用意していた。 庭に面した和室で、スタッフの手によって、モデルとなるつぐみが着替えやヘアセットをさせられているはずだ。 「野崎さん、佐和田さんとつぐみ君を紹介してくれてありがとうございました!」 近づいてきた坂下が野崎に頭を下げる。 「礼を言うのは、撮影が無事終わってからだ」 「そ、そっすね……!」 野崎が窘めると、坂下が照れたように首筋を掻いた。 坂下が野崎に泣き着いてきたのは昨日の午後も遅い時間だった。 『野崎さぁん! モデルも撮影地もダメんなっちまいました! 巻頭特集を飾る大事な一枚なのに! 締切迫ってんのに!!』 坂下が受け持つ芸術誌の次号のテーマは『和と洋の融合』。 その巻頭ページを飾るイメージ写真の撮影だった。 ハーフのモデルが日本庭園で本を読むというカットが欲しかったらしい。 だがブッキングしていたモデルが現場にやって来ない。 その後、なんとか連絡はついたものの、突然の腹痛に病院へと駆け込んだら盲腸だったそうで、そのまま入院したという。 しかもロケに予定していた日本庭園の撮影許可が下りていたのは数時間だけだった。 野崎は坂下に企画書を見せられ、つぐみとこの家の庭とが思い浮かんだのだ。 それから急いで周に連絡を入れ、オーケーをもらい、今日に至る。 「野崎さん、つぐみ君と佐和田さんってここにふたりで暮らしてるけど、親子じゃないんすよね?」 不思議そうな面持ちで坂下が訊ねる。 「もちろんだ。名字も違うだろ」 「そうっすよね……。佐和田さんまだ若いですし」 きっと坂下は、周の外見から、本来の年齢よりは若く見積もっていることだろう。 「そういえば、つぐみ君ってどこの国の人とのハーフなんすか?」 「それは……、」 野崎は一瞬視線を揺らして口ごもった。 「わからないらしい」 その一言に坂下も何かを察したらしく、それ以上は聞いてこなかった。

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