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手入れの行き届いた小さな庭は、もちろん撮影許可を取っていた日本庭園の風格からは程遠いが、葉の落ちた梅や、松やつつじなどの常緑樹、花の零れる山茶花などがバランスよく配され、侘しくも静寂な佇まいが見る者の心を和ませた。 そこに、三つ揃えの古風なダークスーツに身を包んだつぐみが現れると、スタッフ全員が息を呑んだ。 一瞬で場の空気が変わったのがわかる。 つぐみは、ただそこに立っているだけで何もない景色にストーリーを与えた。 つぐみの人を惹きつける資質は、天性のものなのだろう。 「で、では、撮影、始めてください」 いつもは飄々としている坂下でさえ、声を上ずらせている。 文庫本を持たされたつぐみは、スタッフに指示され、苔むした石灯籠の隣に立った。 その表情は僅かに緊張しているものの、凛としていて、坂下の表現したい世界観を十二分に作り上げていた。 ……これは逆に、頼んでたモデルがドタキャンしてくれて、よかったのかも。 野崎は撮影の始まりを見届けると、庭を後にした。 *** 野崎は玄関から家の中へと入り、物音のする台所へと向かった。 案の定、周が居て、茶の用意をしていた。 「綺麗に片付けてありますね」 「ん? ああ、ふたりだけだしな」 周は戸棚から人数分の湯呑を取り出すと、こちらを振り返る。 「野崎は撮影、見てなくていいのか?」 「ええ、これは僕の雑誌の企画じゃありませんし。つぐみ君を紹介するまでが今日の僕の役目ですから」 「だが、こんな猫の額みたいな庭で撮影して大丈夫だったのか?」 周はダイニングテーブルに湯呑を並べると、白湯を注ぎ、器を温め始めた。 野崎は椅子を引き出し、周の向かいに腰かける。 「いえ、この庭が、よかったんですよ。つぐみ君の容姿とのミスマッチが今回の企画にピッタリなんです。それにしても、よくつぐみ君が了承してくれましたね? モデルの仕事はやりたくないって聞いてたから、イチかバチかで連絡したんですが」 自分がオファーを出しておきながらも、了解を得られることは期待していなかった。 なぜなら、野崎の出版社の男性ファッション誌部門の編集者からも、つぐみはモデルとして何度もスカウトされていたが、周を通して、いつも断りの返事がくるのみだったからだ。 「ああ、後輩が困ってるらしいって言ったら、頷いたよ。センター試験もこないだ終わったところだしね」 「へぇ……、つぐみ君、優しいんですね……」 そう返事をした自分の声音に感情が籠っておらず、野崎は自身でも驚く。 野崎は、周にくっついて出版社に来ていた子供時代のつぐみを思い返していた。 やってきたつぐみを見て、編集部は一時騒然となった。 ほっそりとした長い手足。 見る者の目を離さない整った目鼻立ち。 透明感のある肌に長い睫毛、茶色の瞳。 子供ながら、多くの人を虜にする美貌の片鱗を、すでに見せていた。 しかも周のコートの裾を握り締めながらその背後に隠れ、誰とも口をきこうとはしない儚げな様子に、皆が心を打たれ、天使だともてはやした。 いや、僕から言わせれば、あれは天使なんかじゃ……。 野崎は無意識に顔を歪める。

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