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野崎にとって、周は憧れだった。 その周が、しがない仕事に日々を無為に費やし、こんな地方都市の古ぼけた家で子供の相手をしていることに、苛立ちを隠せなかった。 野崎は周の背後からこちらを見つめるつぐみの目を思い出す。 そこには何も映ってはいなかった。 深くて暗いふたつの穴。それ以上でも以下でもなかった。 周の服を握るその小さな手が、野崎には周を縛る鎖に見えた。 「つぐみ君も高校を卒業するんです。佐和田さんももう解放されていい頃でしょう?」 「野崎は俺のこと、買いかぶり過ぎだ。それに、俺が記者を辞めたのはつぐみのためじゃない」 かぶりを振りながら、周が冷静な声を出した。 「え……?」 「俺には、ジャーナリストとしての資格がなかった、ただそれだけだ」 「まさか! 佐和田さんが、そんなはず……っ」 「野崎、俺は今の仕事も楽しくやってるよ」 野崎の困惑に周は笑顔を返す。 「もちろん野崎や以前勤めてた新聞社から仕事を回してもらってることは有難く思ってる。それに、有本さんから絵本を書かないかって話をもらったんだ。せっかくだからやってみようかと思ってね」 「あ、有本のやつ……」 野崎は思わず頭を抱えた。 あの佐和田周に絵本だなんて……! 「ありがとな」 ふいに優しい声が降ってきて、驚いて顔を上げた。 「野崎は俺のことを心配してくれてるんだろ? だがつぐみのことも、絵本のことも含めて、俺は前に進んでるつもりだよ。自分の道を歩いてる。俺の生きたいように生きてるんだ」 「だけど、もしつぐみ君と出会わなかったら……佐和田さんは!」 「俺は、つぐみに出会えたことに感謝してる。あの日のことを後悔したことは一度もない」 周は静かにそう言って急須をテーブルに置くと、改めて野崎に向き直った。 その瞳の奥にいくつもの過去が浮かんでは、消えた。 「野崎、おまえには理解してもらえないかもしれないが、俺は、つぐみをひとりの人間として愛している」 周のまっすぐな視線と表情に、野崎のほうがなぜか顔を赤くする。 「で、でも……、つぐみ君は佐和田さんのことは……」 「わかってる。俺に対するつぐみの想いが、どんな種類のものであれ」 野崎の言葉の先を引き継いで、周が答えた。 野崎は押し黙った。ぐうの音も出なかった。 野崎が言い募る間、一瞬も、周の瞳は揺らがなかったからだ。 「では、撮影終了でーす!! ありがとうございましたぁ!」 庭の方から坂下の陽気な声が聞こえてきた。 「周さん、終わったよ!」 すぐさま和室から繋がる襖が勢いよく開いて、まだ撮影用の衣装を着たままのつぐみが台所に飛び込んできた。 まるで野崎など見えていないかのように、まっすぐに周の元に駆け寄る。 「お、がんばったな。ほら、お茶」 周は犬のマグカップにお茶を注いでつぐみに手渡す。

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