29 / 59
6‐6
「ありがと! ねぇ、周さん……、どう?」
つぐみはカップを持っていないほうの手で、もじもじと自身のスーツのボタンを弄りながら上目遣いに周を見上げた。
「ああ、よく似合ってるよ」
周が笑みを湛えて見つめ返すと、つぐみは頬を染めて、これ以上ないほど嬉しそうに微笑んだ。
「…………!」
野崎は唖然としてつぐみを見つめた。
今では、こんな目をするのか……。
その瞳は、虚しい空洞だった子供の頃のものとはまったく違っていた。
生き生きとしていて、眩しくさえある。
そして、つぐみを見つめる周の瞳もまた、野崎の見たことのない慈愛に満ちたものだった。
「どうしたんだ、野崎?」
ポカンとしている野崎に、周が不思議そうに訊ねた。
「い、いえ。僕、スタッフにお茶配ってきます」
野崎は我に返ると、注がれた湯呑みを盆に載せ、戸惑いを隠せないまま台所を出て行く。
庭からは機材を片付ける音や坂下の騒がしい声が聞こえていた。
***
「つぐみ君、佐和田さん、今日は助かりました! これで俺の首も繋がります! ほんと、ありがとうございました!!」
玄関先で、晴れ晴れとした笑みを浮かべた坂下は頭を下げながら、周とつぐみの手を片方ずつ握って、ぶんぶんと上下に振った。
「あ、い、いや、お役に立ててよかったよ……」
周の声が若干引いている。
その隣のつぐみは心底嫌そうに繋がれた手を見ていた。
「じゃ、野崎さん、俺、積み込み手伝うんで、先に車行ってますね」
「ああ、よろしく」
意気揚々と駐車場へと向かった坂下から、野崎は周たちに視線を戻した。
「改めて僕からも、ご協力ありがとうございました。それと……、佐和田さん、さっきは差し出がましいことを言ってすみませんでした」
現在のつぐみの瞳を見てから、野崎の心は揺れ始めていた。
まだ周の選択や行動すべてに納得がいったわけではない。
けれど、周が記者を辞めてから大事に培ってきたものを見せつけられた気がした。
「いや、もう気にするな。俺も今日は久々に野崎の顔が見られて嬉しかったよ」
周が腰に手を当てて微笑んだ時、開け放った玄関の内から、携帯電話が着信する音が聞こえてきた。
「あ、しまった、台所に置きっぱなしだった。有本さんかな」
周が振り返って焦った声を出した。
「僕のことはいいんで、どうぞ」
「すまん、じゃ、気を付けて帰るんだぞ」
周は軽く手を上げ、踵を返すと、家の中に駆け込んでいく。
「つぐみ君、今日は本当にありがとう」
野崎はひとり残されたつぐみに向き直った。
「あ、そうだ、雑誌ができたら送るから。何部くらい欲しいかな? 友達とかにもあげたり……」
「要りません」
つぐみは野崎の申し出をばっさりと断ち切った。
その強い口調に野崎は一瞬、たじろぐ。
つぐみとふたりきりになるのも、まともに会話するのも、これが初めてだった。
ともだちにシェアしよう!